■2015.05

日めくり 2015年05月(平成27年)         



2015.05.01 まるでヤクザ映画の構図?

東西の大きな組織に挟まれた小さな組が、
東方の圧力に対抗するため西方の組にすり寄る。
西方の組は小さな組を歓迎して縁組を引き受けるものの、
本音は東方の組への牽制。場合によっては小さな組を鉄砲玉に仕立てればよい。
若者がひとりまたひとりと血を流すも、西方の組は簡単に助けてはくれない。
むしろ消耗戦を高みの見物だ。
やがて防衛の最前線に立たされた小さな組は自滅する。
ヤクザ映画でありがちな展開なのだが、
本当に米国の歓迎は大丈夫なのか?安倍晋三。


2015.05.02 藤浪、好投報われず

藤浪晋太郎の登板試合すべてを見ているわけではないが、
おそらく今日の東京ドームでのマウンドは最高の出来だったのではないか。
テンポよく100球程度の球数で8回を投げ終える。
レフトスタンドからでも、強い意志で打者に向かっている姿が見えた。
しかし勝てなかった。0-1。本当に虎の打線は粋を知らない。
球場観戦での負けは悔しい。しかし藤浪のマウンド捌きは目に焼き付いた。
先日のカープとの登板で、黒田にエースの矜持をもらったのか、
次も期待していいのではないだろうか。


2015.05.03 北関東へ

GWを利用して車で群馬、栃木、茨城の北関東3県を旅する計画を立てた。
「坂東観音霊場」「東国花の寺百ヶ寺」を中心に3泊4日で巡拝する。
壮大な旅なのかお手頃な旅なのかよくわからない北関東巡りだが、
実は関東の人間でありながら、宇都宮と水戸には初めて行く。
草津や日光、鬼怒川には行くが、前橋、宇都宮、水戸にはとくに・・・
案外、そんな首都圏人は多いのではないだろうか。
幸い、高速道路も整備されてアクセスが格段によくなった。
朝の8時過ぎに、先ずは群馬の妙義山目指して出発した。
・・・出発したのだったが、GWの大渋滞を舐め切っていた。
関越道が混むのは想定していたが、まさか圏央道から動かなくなるとは。。。
結局、上信越道の松井田妙義ICに到着したのは13時近く。
もう信州・軽井沢まで20キロ余りの位置だ。
そこから花の寺や上野国一之宮の貫前神社などを参拝。
みるみる時間が押してきて、世界遺産の富岡製糸場もチラ見。
最後はお寺に電話でお願いして納経印を本殿に貼ってもらう始末。
それにしても観光ルートから外れた山間の田舎道の気持ち良さは格別。
土壁の蔵や火の見櫓。まるで絵本に写したような村々。
五月の風物詩である凧上げや鯉のぼりがいかにも似合いそうな風景だが、
子供がいないのだろうか、、、どこか寂しさも漂わせていた。


2015.05.04 上野国・群馬

上州上野国を前橋から赤城山、榛名山、渋川を経由して高崎へ。
少林山達磨寺では写経を納めることが必須となっており、
(そもそも御朱印は納経の証しなのでそれが正しい)
旅の前日、アパートで生まれて初めて般若心経を写経した(筆ペン使用)。
文字を書くこと自体が久々だったので、文字の並びは不細工だったが、
納経の際にお坊さんがお経を上げてくれ、不細工な写経が整ったような気がする。
そして子供の頃、新潟に帰省する時、車窓から眺めた高崎の観音様。
この歳でようやく巨大な白衣観音の膝元まで来たのも感慨深かった。
そして何よりも昨夜は前橋の総社という町に宿をとったのだが、
この総社にはかつて忘れられない同僚が住んでいた。
転職を決意し、それを伝えるためにここを訪れたとき、
会社を辞めることにしたというと、彼は激しく引き止めてくれた。
そして前橋の界隈で夜通し飲み明かした。
もう亡くなってから20年以上が過ぎてしまったか。
墓参しようにもどこに眠っているのかも判らない不義理を恥じる。


2015.05.05 下野国・栃木

今日は下国を宇都宮から益子、佐野まで。
坂東三十三ヶ所・19番札所の大谷寺の崖に掘られた千手観音に驚く。
そもそも関東に住んでいるが、実際、我々には関東という概念は希薄だ。
少なくとも関西の人たちが自らを「関西人」と呼ぶ感覚は関東在住者にはない。
そもそも「関東人」なんて言葉自体が存在しないのだと思う。
私の勝手なイメージかもしれないが、北関東三県こそが“THE 関東”なのではないか。
群馬から栃木まで高速道路を飛ばしていると、真っ赤な月が目に飛び込んできた。
「名月赤城山」「大戸根月夜」と関東平野にはスケールの大きな月がよく似合う。


2015.05.06 常陸国・茨城

初日の群馬では信州の入り口近くまで行ったが、
今日は茨城と福島との県境を走る。こうして車で走ると北関東は広い。
そうこうするうちに距離感覚もマヒしてきたのを感じる。
もともと信仰心は希薄ゆえ、体のいいドライブの範疇なのだが、
坂東霊場めぐりは源頼朝の時代から800年の歴史を刻み、
かつての巡礼者は道なき道を往き、いくつもの峠を越えて行く。
結願することなく行き倒れた巡礼者も少なくなかったという。
坂東21番札所の日輪寺から22番の佐竹寺まで山道70キロの道程。
さらにそこから23番の観世音寺まで1時間走る。
さすがに笠間で今回の旅を打ち切り、そこで散髪もして帰路に着いたのだが、
出発から3泊4日で全行程ほぼ1200キロのお気軽一人旅。
北関東でも国定忠治は子分を連れていたので、木枯し紋次郎か座頭市の気分か。
ここまでGWをフルに動いたのは何年ぶりのことだろう。


2015.05.07 余韻の一日

昨夜はさすがに疲れていて帰宅早々に風呂にも入らず寝てしまい、
笠間の床屋の婆さんに大量にぶっかけられた整髪剤の匂いに閉口しつつ、
連休明けの出勤は、そんな旅の余韻だけで一日を乗り切った感じ。
地図に行き先をマーキングをして、予約していた宿に泊まるというリズムは、
取引先から取引先へと車を走らせた、かつて出張を思い出して懐かしかった。
自分の悪い癖でどうしても予定を目一杯詰め込んでしまい、
もっぱら運転しながらコンビニのおにぎりを運転しながら食っていたのだが、
下仁田のこんにゃく料理、伊香保の水澤うどん、宇都宮の餃子は心残りだ。
でも茨城の宿での朝食に出た納豆はさすがに美味かった(ような気がする)。
唯一、数ある駅弁の中で一番の大好物である「鶏めし」だけは、
高崎駅のロータリーに駐車して、ダッシュでゲットして宿に持ち帰った。
有名な「だるま弁当」より自分は「鶏めし」だ。相変わらず濃い目の味付けが美味。
ああヤバイ、今、夜中にこれを書いているのに腹が減って来た(汗)。


2015.05.08 職場飲み会

まぁ仕事なんてものは、常に不安と不満を抱えてやっているわけで、
むしろそれがないと緊張感がなくなってロクなことにはならないわけだが、
その不安や不満を肴に仕事の仲間たちと一杯やることが億劫になってしまった。
どこかに飲みに行くならまだしも、職場で酒盛りをするのが好きになれない。
仕事が終わったら一刻も早く事務所を去りたくて仕方がないのだ。
そうはいっても飲み始めたらダラダラと23時近くまでなるのだが、
「いいじゃないの明日は休みなんだからさ」と酒をつがれるたびに、
「休みだからこそ二日酔いで過ごしたくない」と言い返している。
案の定、夜中に気持ち悪くなって目が覚め、トイレで吐くことになった(泣)。


2015.05.09 箱根は大丈夫か

先述したように連休中はずっと車を走らせながら、
自然とRadio Daysで過ごしていたので、箱根のニュースは気になっていた。
箱根は小田急で湯本まで行き、そこから登山鉄道に乗り換えて、ケーブルカー。
ロープウェイで芦ノ湖に渡って、遊覧船に乗って湖畔からバスで帰る。
ありとあらゆる乗り物が楽しめるのが箱根観光の魅力なのだが、
なんだかんだいっても一番のメインは湯気を吹き出す大涌谷のパノラマだろう。
だからいくら大涌谷以外は大丈夫といわれても箱根の魅力は半減する。
御嶽山のこともあるので慎重で万全な措置がとられたのだろうが、
そこを風評被害だとするのは少し苦しいかもしれない。
確かにニュース映像で見る大涌谷の白い蒸気はいつもの状態ではない。
吹き出すのではなく噴き出しているではないか。
神奈川県に住んでいながら箱根に行くのは十年に一度程度だが、
ぜひ大事にならないことを願いたい。


2015.05.10 身延山へ

週末は動く。昨日、二日酔いで午前中を潰した分まで動く。
ということで、実家から車を借りて身延山まで行く。
因みに実家からは160キロの距離だが、北関東の旅で距離感覚はマヒしている。
身延山・久遠寺。言わずと知れた日蓮上人が瞑る日蓮宗の総本山だ。
日蓮宗の寺院は信徒でない限り、どうしても敷居の高さを感じさせるのだが、
総本山で御首題を戴ければ、いくらかは親しめるだろうとの思いもあった。
それでも日蓮は幾多の激しい法難に遭いながら法華経を確立した執念の人。
さぞ身延は荘厳な雰囲気に包まれ、それに気圧されないよう覚悟はしていた。
ところが売店や土産物屋が軒を連ね、僧侶や寺職の人たちがとても愛想がよく、
鎌倉の檀那寺より、観光寺としてよっぽど開放されていたのは意外だった。
山頂の奥之院からの眺望はまさに絶景。
何しろ富士山、北岳、間ノ岳が一望出来る。実に日本の高い山の1~3位だ。
富士の頂の雪もまばらでいかにも立夏を越えた季節を感じさせるのだが、
東名高速で神奈川から東側の富士が見えた時はまだたっぷりと雪で覆われていた。
そうか、同じ富士でも見る方角によって雪解け具合が違うということか。
広大な敷地の寺院だと思っていたので、足の悪い母親には内緒で訪れたが、
これなら連れてきても良かったかなと「母の日」にふと思った。


2015.05.11 感動させてよ

カープに甲子園3タテ喫す。
負けもすれば勝ちもするし、またまた負けもするのが勝負の世界だが、
今季のタイガースにはまったく流れがない。
メッセがマシになったかと思いきや、次は打ち込まれて登録抹消。
おそらく藤浪がプロ最高の投球を見せたかと思いきや、次は試合を作れず。
能見もようやくエースらしい雰囲気が戻ったかと思いきや、また打ち込まれる。
ようやく復調の兆しを見せたかと期待したマートンはスタメンを外れる。
チームもヤクルトに3連勝して「ヨシっ」と思ったら、ズルズルと借金5。
開幕4連勝も1ヶ月あまりで最下位に。
ここまで流れがないと、なにひとつ確信が持てない。
球団80年の節目。らしいといえば、らしいのだが。


2015.05.12 五月の台風

五月雨は集まるものなのかもしれないが、台風6号が上陸し、
続いて太平洋上に発生した7号も勢力を増しながら近づいてきた。
首都圏を直撃する前に6号は温帯低気圧になったようだが、
むしろ形が歪んで暴風域が近畿から東北まで広がっている。
低気圧で涼しくなればいいが、気温と湿度は上がる一方で、
明日の東京は一気に30度までイってしまうようだ。
大雨の後のじわ~とする蒸し暑さもさることながら、一気に虫も湧く。
今、すでにシャツとパンツ姿で過ごしているが、窓は閉め切ったまま。
五月なんて一年で最も過ごしやすいはずなのに。
まだ夏は要らない。


2015.05.13 波乱の?五月場所

仕事が詰まってかなり忙しいのにもかかわらず、
終業時間が近づいてくればテレビをつけて相撲を観る。
今日は上位陣の脆さが露呈された取組が続いた。
●豪栄道、●琴奨菊、●稀勢の里。どれも大関が土俵際まで突進してバタン。
逆に白鵬は土俵際で身をかわし○。
結びの日馬富士は佐田の海を投げたかと思いきや、物言い△。
で、取り直しの一番で●。因みに鶴龍は休。
四日目にして横綱、大関に全勝なし。
どうも勝ちを急ぎ過ぎているのではなかろうか。


2015.05.14 藤浪の晋ちゃん、やっと勝った

表題は今季の藤浪が3/29から勝ちがつかずに4連敗中だったという意味ではなく、
自分の球場観戦試合で藤浪が初めて勝利投手になったという意味。
いくら好投してもなかなか藤浪に勝ちのつかない試合が続いていたのだ。
ドラフトで和田豊の左手が藤浪を引き当てた時は心底喜んだものだったが、
近い将来、球界を代表するであろう男に対して、この相性の悪さは気になっていた。
今夜の藤浪は、前半こそピリッとしていなかったが、中盤以降、見事に持ち直す。
ピンチを脱し、上背のある体躯がマウンドで小踊りする様は痛快。
かくして自分が観る藤浪の初勝利は、1失点完投勝ちというめでたい結果となった。
そう、今夜の神宮は私と彼とが歩む栄光のVロードの幕開けとなる予定(笑)。


2015.05.15 安保法案について

日本の将来を左右する安保法案がバタバタと決まっていく雲行きだ。
ついこの間、増税延期を問う総選挙が「アベノミクス選挙」とされ、
各テレビ局が一所懸命トリクルダウンの説明をしていたのは何だったのだろう。
「平和安全法制整備法案」「国際平和支援法案」と名付けられているが、
自衛隊が戦闘に参加しやすい環境を整えるのだから、
好き嫌いは別にして「戦争法案」といった福島瑞穂は間違ってはいない。
今回の一連の動きがどうも気にくわないのは、
正面から憲法改正に動いたのではなく、解釈変更から始めたこと。
個人的には憲法改正はすべきだと思っている。
別にアメリカから押しつけられた憲法だから云々の常套句はいわないが、
こうもアメリカの意向が見え見えのお膳立てを並べられると亜然とせざる得ない。
何れにしても中国をターゲットにするだけの矮小化した改憲ならやらない方がいい。


2015.05.16 マルチェロは生きていた(笑)

「午前十時の映画祭」でデ・シーカの名作『ひまわり』を観る。
中学のときテレビで観たきりだったが、あまりの記憶違いに苦笑してしまった。
おそらくヘンリー・マンシーニの名曲をひとり歩きさせて脳内で編集していたのだろう。
自分が脳内で間違った記憶をコンリートで固めてしまった内容はこうだ。
ナポリの街で愛し合っていたソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニ。
しかし戦況が悪化し、マルチェロはロシア戦線へ。
戦争が終結しても愛するマルチェロは帰ってこない。戦死したとの報せもない。
「彼は生きている」と信じてソフィアはマルチェロを探しにロシアの地へ。
そこで記憶を失っていたマルチェロを見つけるが、すでに妻がいて、子供もいた。
それから色々あって、記憶を取り戻したマルチェロはソフィアへの愛を思い出す。
しかし、二人でナポリへ帰ろうとした矢先、マルチェロは不慮の事故で死んでしまう。
ひとり残されたソフィアは茫然としながら、一面のひまわり畑に歩いていく。
そのソフィアの物憂いな表情にテーマ曲が延々と流れ、映画は幕を閉じる。
・・・いやはや全然違っていた。ソフィアがロシアに行くまでは正しかったが、、、
そもそも、ひまわり畑をひとり歩くソフィア・ローレンの場面などない。
しかもマルチェロは死んでねぇし(汗)
しかし記憶では一面のひまわり畑とソフィアの茫然とした姿が鮮明に焼き付いていた。
自分の阿呆なところは、古い映画を忘れてしまうのではなく作ってしまったことだ。
もちろん自分の妄想の何倍も映画はよく出来ていたことはいうまでもない。


2015.05.17 大阪都構想頓挫

鎌倉中をレンタサイクルで回った疲れで、テレビをつけっぱなしで寝てしまう。
ふと目を覚めると、大阪都構想の是非をめぐる住民投票の開票速報をやっていた。
住民投票のことは知っていたが、今日が投票日だとは知らなかった。
開票80%の途中では賛成票が上回っていたのに、NHKは反対多数と確定した。
敗北を受けて橋下徹は23時過ぎの記者会見で引退を表明。
大阪市のことは市民が決めることなので外野からどうのこうのはないのだが、
時代はお利口さんが作るが、時代を変えるのはバカの仕事だ。
正直言うと橋下は組合相手にやり合っていた頃が一番面白かった。
国政に乗り出して石原慎太郎と組んだあたりから徐々に色褪せてしまったが、
ただ大阪府より人口が多く、政令市を三つも擁す我が神奈川はどうなのか。
とくに大阪市より100万人も多い横浜市の住人としては他人事とは思えなかった。
だから大阪都の是非は別にして、橋下徹の手腕には注目していたし、
何よりも大阪がどう変わっていくのかは見たかった。
その意味では現状が変わらなかったのは少し残念だった。


2015.05.18 ロコモティブシンドローム

運動器官の障害によって日常生活で人や道具の助けが必要な状態。
またはその一歩手前の状態のこと、らしい。
腕を前に組んで、椅子から勢いをつけずに片足で立ちあがる。
これをバランスを崩さずに立ち上がることができれば合格。
テレビでやっていた。
40~50代は40㎝の椅子の高さが基準ということなどで、試してみる。
座った途端に思ったこと。まったく立てる気がしない。。。。
多少、勢いはつけた。バランスも大いに崩れた。でも何とか立ち上がる。
10代10㎝、20代20㎝、30代30㎝。各々の年代でクリア出来たものか知らない。
まずイメージ通りに動けなくなるよりも、動けるイメージがなくなりつつある。
自分の身体が確実に劣化しているのを、日々自覚しつつ、
処方された高血圧とコレステロールの薬をせっせとケースに仕舞うのであった。


2015.05.19 何が創立80周年だ

ご存知の通り(?)今年は阪神タイガース、球団創立80周年の年だ。
ところがどうも戦績がパッとしない。……パッとしないどころではないか。
選手のそれぞれから「俺がカマしたる!」の気概が見えない。
チームが低迷しているというより、何もかも停滞している感じだ。
そういう雰囲気はすぐに観客に伝わる。
スタンドの熱気も十年前の面影よ何処?という体たらく。
もともと猛虎80年の歴史にどれだけの栄光があったというのか。
むしろ臍を噛み、小石を蹴飛ばし続けた80年ではなかったのか。
いや、優勝回数などどうでもいい。日本一など時の運だ(一度しかめぐってないが)
この球団の存在理由はただひとつ、巨人と対抗し、巨人に勝つことにある。
それがどうだ、今夜など帰宅電車で経過を確認する度に巨人との点差が開いていく一方。
もう試合のない日の方が落ち着いていられる。


2015.05.20 お見事!藤浪晋太郎

昨日はスマで途中経過を覗く度に点差が開いて、そのつど嘆息した帰宅だった。
だから今夜は甲子園の経過を一切見ないで帰宅。
21時前に阪神公式サイトから試合結果を伝えるメールが届く。
こりゃまた随分と短い試合だなと期待が高まる。
短い試合ということは9回裏が行われなかった可能性が高い。
ということは今夜の甲子園は貰ったかな?
1-0。2安打10奪三振。藤浪晋太郎、プロ入り初完封勝利。お見事!
明日も勝って先ずは巨人戦勝ち越しだ。
明日も途中経過は見ないつもりだが、今夜はスポーツニュースのハシゴだぜ。


2015.05.21 新宿幻想

70年代の終わりから80年代にかけ、気がつけば新宿をぶらついていた。
今日、歌舞伎町で新設されたシネコンに寄ったのだが、
コマ劇場の「北島三郎ショー」に列を作るおばさんたちがいなくとも、
向かいのミラノ座が一気に廃墟感を醸し出そうとも、
新宿という街は不思議な場所で、目が泳ぐほどの様変わりを見せつつ、
どの時代にも新宿に共有する空気感だけは決して消えない気がする。
それは区役所通り、花園神社、ゴールデン街にこびりくつ匂いであり、
新宿通り、靖国通りの往来や紀伊国屋本店の店頭に集まる人々の雰囲気でもある。
同じ人でも銀座を歩く時の顔とは違うし、同じ歓楽街でも池袋や渋谷とは違う。
何しろ若気の至りで散々恥ずかしいことを見られてきた街だ。
誰が言い出したのか“新宿幻想”。今も自分を妙に高揚させてくれる。


2015.05.22 大相撲が「来ている」

国技館が連日満員御礼だ。今、大相撲が「来ている」のかも知れない。
相撲は物心ついた時から好きだったのだが、ここ数十年は「穴」だった。
とくに若貴が引退した辺りから次第に見なくなり、朝青龍時代は殆んど見ていない。
日本人力士が優勝から遠ざかり、若乃花から横綱が出ていない体たらくもあるし、
一連の不祥事で「協会も落ちるとこまで落ちればいい」との思いもあった。
それが二年前、職場の先輩に国技館の千秋楽を奢って貰ってから興味が戻ってきた。
場所が始まると、職場での30分間の相撲中継も楽しみになっている。
実際、力士個々のストーリーが垣間見えると面白くなってくるし、星勘定も楽しい。
モンゴル勢の君臨が常態化していることに慣れてしまったこともあるだろう。
それでも若手が一気に台頭し、俄かにヒール化しつつある白鵬を追う展開。
とくに今場所は千秋楽まで先読みが出来ない面白さがある。
予断を許さない展開というのは娯楽としてまさに優秀なソフトだ。
逆に5点リードをひっくり返された阪神タイガースは娯楽としては最低だ。


2015.05.23 勝ったぜ!

いやはや横浜スタジアムへ向かう足取りがこんなに重いのは初めてだった。
ちょっと前までは浜スタのライトスタンドの一角まで虎党が陣取り。
一塁側スタンドでのんびりと対横浜戦15連勝の試合を観ていたこともあった。
「横浜銀行」などと揶揄して、ずっと虎ファンは上から見下ろしていた。
それがDeNAになってからチーム以上にベイファンが活気づいて、
今ではあろうことか三塁側にもベイファンが浸食する始末。
いや、それはそれでいい。相手の本拠地なのだからそれ自体は健全なことだ。
ところが試合でもなかなかベイに勝てなくなってきた。
なにせ今季のベイ戦は1勝5敗。勝てなくなってきたどころの話ではない。
昨日の試合も5-0からひっくり返され、スマホで結果を見て思わずズッコケる。
だから一ヶ月前に買ったチケットを眺めながら、まったく勝てる気がしなかった。
そしてすっかり怪物化した筒香嘉智。
筒香については6年前のブログで触れていた。彼が横浜高校3年のときのこと。
「筒香は、涙に暮れるチームメイトひとりひとりの肩を叩いていた。
主将として立派な態度だ。プロに進んでも注目していきたいと思う。」
2009年夏。横浜高校が準決勝で延長サヨナラ負けを喫したときのこと。
まったく・・・プロに進んでも注目するもなにも現在のところ三冠王だ。
今日も筒香には痛いところで長打を浴びまくった。
それでも勝った。9回に追いつかれながら延長で福留の渋い決勝打が出た。
能見もよく投げた。あの強い強い横浜DeNAベイスターズに勝利。
これを俺様のおかげだと言わずしてなんと言おう(爆)


2015.05.24 照ノ富士優勝

あれよあれよという間に照ノ富士の大関昇進とな。
当然といえば当然。現状のどの大関よりも強いのだから。
大関に勝ってインタビューされること自体が妙な感じになっていた。
優勝決定戦を演出できなかった白鵬に翳りが見えて来たとなると、
いよいよ照ノ富士時代が到来してくるのか。
まだまだ無邪気な一面を見せているが、今後負けて騒がれるようになると、
あっという間にヒール化しそうな雰囲気を醸している。
どちらにせよ平成の元寇を蹴散らす日本人力士よ出でよということか。
それにしてもそれが「各界の悲願」「永遠のテーマ」では情けない。
ただ、照ノ富士は間違いなく来場所の主役だろうから活躍を期待したい。今は。


2015.05.25 ぐらっ

午後14時過ぎのこと。
職員のスマホ、携帯電話が一斉に緊急警報音を発した。
結構揺れた。震源は埼玉北部だが、一番揺れたのは茨城県土浦だったらしい。
職場付近は震度3と発表されたが、皆、このビルは揺れが一割増しといっている。
築年数もさることながら、ビルの下に地下鉄2路線と首都高速が三層になっている。
それにしても揺れそのものより、久々に聴く緊急警報音の響きが怖い。
東日本大震災のときは相次ぐ余震のたびに大きな音を響かせていた。
「さぁ来るぞ」から一呼吸してぐらぐらっという間が気持ち悪い。
安普請の実家も気になったが、震度3と聞いて電話するのは止めた。


2015.05.26 天声人語に落ちる

今朝の朝日新聞の「天声人語」を読んで、これはないと思った。
内容は先日の川崎の簡易宿泊所の火災についてだ。
「2階建てほどの高さなのに窓がタテに三つある。少しひしゃげた3階建て、か。
超現実的とも見える光景に一瞬、めまいすら覚えた。」
いかにも空調の行き届いた立派なオフィスから上席の記者が書いた文章だ。
高給取りが、生活保護受給者に寄り添う風でいて、上から目線も甚だしい。
何が「超現実的」で「めまいすら覚えた」だ。バカヤロー、失礼千万だ。
どんなにエリートか知らんが、試しに一度泊ってみるのが記者というものだ。


2015.05.27 常識と非常識

仕事帰りに高田馬場で以前の取引先とお茶をした。
同じ業界のことゆえ、そこでいろいろ業界のことなどの話となったのだが、
彼らはこの後に職場に戻って残り仕事を片付けるということ。
思えば仕事帰りに喫茶店で情報を得るというごく常識的なことが、
仕事が終わればもれなく飲み会という今の職場環境だと非常識なことに思える。
いや非常識なことと思えるようになっていた。
非常識なことでもそれが日常となれば普通となる。
そこに人生レベルの落とし穴があるのではないかと思えてならないのだが・・・。


2015.05.28 酔っ払った中学生

久々に20代の頃の仕事仲間と新宿で飲む。
男子中学生レベルのバカエロ話に花が咲き、あっという間に時間が過ぎた。
実際には30年の歳月で刻んだ顔の皺や髪の毛の白さは重いのだが、
こういう場で男子中学生レベルのバカエロ話は30年のキャリアで更に加速する。
エロ話については身体がついてこないことがまた笑いのネタになる。
…… 親の介護や子供の養育費などの現実話が時折チラつきながらも。


2015.05.29 交流戦トップだぜ

交流戦に入って4連勝。連日タイトな接戦をものにしているタイガース。
本拠地で2日続けてサヨナラ勝ち、敵地に乗り込んで辛勝。
まてよ?このパターンは開幕4連勝のときに似てないか。
ドームの喫煙所で聞いた「これがトップの虎とビリの巨人との差だな」のひと言。
そこから虎の急下降が始まり、一時は最下位まで低迷したのだったか。
たかだか4戦程度で浮かれてはいけないと思いつつ、
今書かなきゃいつ書くの?との思いもあって敢えて書く。
「交流戦トップだぜ」


2015.05.30 震度4、感知せず

相当に揺れたらしい。県内でも西湘の二宮は震度5強。これはかなりのものだ。
揺れている最中は(当然の話)気持ちのいいものではない。
揺れが止まるのか、次第に強くなってドーンと来るのかわからない。
「あっ、地震か」「おっ、でかいぞ」「おお、おおっ」
こんな言葉が飛び交った2011.3.11。職場の雰囲気は生々しく憶えている。
ところがそんな「強い揺れ」を今回、まったく感じなかった。
車の運転をしていた。地震時刻から3分前に車で家を出た。
それにしても二宮が長閑な海辺の町だとしても、震度5強は本当だろうか。
東日本の時は九段会館の建物の一部が崩落し死者が出たし、
横浜のスケートリンクでは天井が落ちてきた。あの時の震度は5弱。
マグニチュードなら震源の深さ浅さ、距離によって揺れの体感は違うだろうが、
震度はその現地での絶対的な観測だと思うのだが、違うのか。
もちろん運転中でも揺れがわかるとなるとシャレにならない規模なのだろうが。


2015.05.31 俺はビョーキだ

「俺は病気だ」と書くと深刻な文章になるだろうが、
「ビョーキだ」となるとまずアホ話だ。
むしろ自分の馬鹿さ加減を笑ってほしいという意図になる。
今日、三浦半島の寺院をめぐりながら自分はつくづくビョーキだと思った。
三崎港に連なるマグロ料理屋のひとつに「ちりとてちん」という屋号の店があり、
その看板を見ながら必然的にあの朝ドラの場面が頭に浮かんでしまい、
順ちゃんと友治の結婚を父親が許す名シーンが蘇ってきて涙腺が決壊。
運転中であるのをいいことに声を上げて号泣していた。
・・・・・・この話、笑えるかな。

                           

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