◎ドミノ

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◎ドミノ
恩田 陸
角川文庫


 人から借りたり、貰ったり、古本屋でバーターしたりと金のかからない読書を開始して、感想文を書くようになってから凡そ2年半。最初にアップした『夜のピクニック』恩田陸に戻ってきた。

 【一億円の契約書を待つオフィス。オーディション中に下剤を盛られた子役の少女。推理力を競い合う大学生。別れを画策する青年実業家。待ち合わせの場所に行き着けない老人。老人の句会仲間の警察OBたち。真夏の東京駅、27人と1匹の登場人物はそれぞれに、何かが起こる瞬間を待っていた。迫りくるタイムリミット、もつれ合う人々、見知らぬ者同士がすれ違うその一瞬、運命のドミノが次々と倒れてゆく!】

 この『ドミノ』も「出来れば一気に読んだ方がいい」というアドバイス付きでの貰いものだったのだが、巻頭の主要人物索引に目を通した時点でアドバイスの意味がよくわかった。文庫版サイズで約380ページのボリュームに主要な登場人物が28人(正確にはうちペット1匹)。これはすごいな、なるほど、間をあけながらチンタラ読むわけにはいかない。
 ただ冬眠から春眠の渦中にある身からすれば、行き帰りの通勤電車や就寝前の読書時間では猛烈に襲い掛かってくる睡魔に抗しきれず、最初の100ページほどは、一週間以上費やして本文と人物索引を交互に読むという苦しい読書を強いられることになってしまい、これでは本書の醍醐味をはなはだ損なっているのは明白なので、残りのページはファミレスでドリンクバーのコーヒーを飲みながら、腰を据えて一気に読んでしまうことにした。
 読了したのが夜22時。テーブルのレシートの入店が19:30だったので、映画でも一本観たような時間で残りの280ページを読んだことになる。これこそ本書の読書体験としては最良の方法だったのではないか。せっかくのドリンクバーのコーヒーもお代わりで席を立つことも忘れていた。
 真夏の東京駅で繰り広げられる雑多な人々たちによるドラマは、ドタバタあり、人情あり、サスペンスありの展開をアクション満載で進行していく。要するにグランドホテル形式でパイ投げ騒動のような事態を描いたスラップスティックコメディだ。

 と、例によって本の内容に入る前にダラダラと余計なことを書いているのだが、実はどうやって本書の感想文をまとめるべきなのかわかっていない。
 もともと深作欣二の『暴走パニック大激突!』のような世界観は嫌いではなく、群像劇としての面白さも十分に伝わっていたのだが、いかんせん悪ノリのテンションが高すぎてアチャラカ喜劇に行き過ぎたように思っている。かといってリアリズムを要求する類の小説でもないし、もっと登場人物を整理するべきだと思いつつも、それをやったら『ドミノ』である意味がなくなるし、その28人の中で誰が好きで嫌いかなどを書いても仕方がないような気がして、とても困っているのだ。何だかんだといったところで、ファミレスで2時間半280ページを夢中で一気読みさせたのは事実なのだから。

 思えば『夜のピクニック』が学園行事で88キロを歩く高校生たちの一夜を描きながら、移動する群衆の中で主人公ふたりの物語に集約させていたのに対して、『ドミノ』は東京駅という固定した場所で群集そのものが物語を動かしていくという違いはある。別の言い方をすれば、『夜ピク』の主人公以外に「歩行祭」に参加した高校生たちにもそれぞれ別のドラマがあるのだということを、思いっきり歪曲してカリカチュアライズしてみせたのが『ドミノ』だといえなくもない。
 何れにしても「ただ歩く」だけのものも、28人の登場人物を走り回わらせるものも、作家のセンスが要求されるだろうから、その点では恩田の語り口の巧さは十分に納得させるものはあったと思う。物語の途中からは28人の人物相関図が頭の中にインプットされることになり、索引を必要とさせなかったのはさすがであるし、登場人物がカタログのように羅列されているだけではなく、それなりに人物たちの思いや背景も丁寧に書き込む才気にも感心させられた。
 しかも東京駅は巨大ターミナルではあるが、丸の内口と八重洲口が四つのメインコースで結ばれているという単純構造なので、パニックの舞台としてもわかりやすく、東京中央郵便局の存在も含めて、ロケーションは完璧だったと思う。
 
 ドミノ倒しはピースが並んでいる姿が絵になっていなければ倒れていくカタルシスは得られないはずで、その倒れ方の面白さは十分に伝わって来たのだが、しかしピースが全部倒れた後の形までにもこだわるとするならば、その点でどうだったのだろうか。才気が溢れ過ぎて、筆が走り過ぎていた恨みが残った。


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