◎月光ゲーム

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◎月光ゲーム
有栖川有栖
創元推理文庫


 「新本格派」めぐりを続け、いよいよ有栖川有栖だ。この人の作品は以前アンソロジーを一編だけ読んだ記憶があるが、意識して読むのは今回が初めてということになる。
 これで綾辻行人(昭35生)、歌野晶午(昭36生)、法月綸太郎(昭39生)、我孫子武丸(昭37生)、二階堂黎人(昭34生)、に有栖川有栖(昭34生)、と、何となく、【読書道】でのこのジャンルの面子が揃ってきたという感じがする。カッコ内に生年を記したのは、全員が私と同世代であることを強調しておきたいがためだ。
 私はこの一連の読書の流れで「新本格」という意味の呪縛に囚われすぎてきた嫌いがある。彼らは同時に私と同世代であるのだということに早くから着目するべきだった。この有栖川有栖のデビュー作を読んで初めてそのことに意識が向いた。
 
 【夏合宿のため、矢吹山にキャンプでやってきた英都大学推理小説研究会の4人に思いがけない事件が待ち構えていた。矢吹山が噴火し、偶然一緒になった三グループの学生たちは、一瞬にして陸の孤島と化したキャンプ場に閉じ込められてしまう。極限状況の中、勃発する連続殺人。キャンプ仲間が殺されていく…。】

 大作『人狼城の恐怖』を一ヵ月半かけて読み終え、やれやれと思っていたら、またもクローズド・サークルものとなった。法月綸太郎は探偵の名前だったが、前回の二階堂黎人と同様に有栖川有栖も物語の記述者であり、またぞろ大学のミステリー研究会に所属する学生ときた。こういうのは美術部員を描いたコミックと同じ感覚なのか「新本格」派のひとつの傾向であるのかもしれない。
 エラリー・クイーンを筆頭とする海外ミステリーの薀蓄話の披露はもはやお約束として受け入れるしかないようだが、何だか業界の楽屋落ちを読まされていような気分になる。まあ、この『月光ゲーム』や綾辻の『十角館の殺人』はデビュー作だということを考慮すべきなのかもしれないが。
 クローズド・サークルについては『人狼城の恐怖 第一部[ドイツ編]』の頁で、私は「心理の極限をきちんと描ける相応の筆力がいる」と書いた。別の言い方をするとそれ相応の筆力を駆使してくれなければ、とても読んでいられないとなる。
 『月光ゲーム』ではクローズド・サークルについて名探偵役の江神二郎と有栖川有栖との間で以下の会話がある。

 江神 「容疑者の限定、犯人と一緒に閉じ込められたためのとつの特徴的状況を述べよ」
 有栖 「さあ……あっ、科学捜査の不介入ですか?」
 江神 「正解。科学捜査っていうのはガンやからなぁ、ミステリにとって。血液の凝固状態から
     死亡時刻を割り出すなんてとんでもない研究をしている大学もあるらしい。そんな方法
     が編み出されたら、何割かのアリバイ・トリックは無効になるぞ。」

 早い話が、科学捜査が不介入になるという状況を推理作家が強引に作り出して、重大なリスクを回避しつつトリックを成立させているのがクローズド・サークルなのだから、最低でも心理の極限を描きこむ筆致は読者への礼節なのではないかと思うのだ。
 その意味でも『人狼城の恐怖』のように犯人によって人為的に演出されたクローズド・サークルと違い、『月光ゲーム』は偶然の火山噴火によって自然現象的に閉鎖空間が出来上がるという構図がある以上、それに絡む連続殺人には何らかのリアリティが欲しいのだが、残念ながら有栖川有栖のデビュー作は必ずしもその欲求に応えてくれるものではなかった。
 ミステリーとして、とくに派手なドンデン返しがあるわけでもなく、プロローグでいきなり物語の終盤がダイジェストされたのも残念だったし、このサイズの長編推理ものとして登場人物が多すぎるのは致命的ではないかとも思った。

 しかし、私は『月光ゲーム』をかなりの満足度のうちに読み終えることが出来た。それは、ひとえに有栖川有栖の文章が大変に流暢で読みやすかったことが大きい。初読の作家に対しては常にそのことへの危惧がある。新本格の作家の作品で読み始めの数ページでそれが確信できたのは有栖川有栖が初めてだった。
 変な話、命からがらの噴火に見舞われ、連続殺人という惨禍に遭遇しつつも、私はこのキャンプに参加しても構わないような気がしたのだ。もっといえば、連続殺事件などではなく、サバイバルだけで読みたかったという気分さえある。なぜなら私はこの小説を「青春小説」として読んでいた。それは同時に「新本格」のムーブメントを作った作家が自分と同世代であったことを思い起こさせてくれた所以でもある。
 学生時代に集団で生活をともにしたのは運転免許合宿くらいのものだったが、あの束の間の連帯感には今でも不思議な甘酸っぱさがあり、この小説はそのときの気分を思い出させてくれた。キャンプファイヤーにもマーダーゲームにも願わくは参加したかった。もちろん、それは今ではなく二十歳の気分の頃に。


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