◎消失グラデーション

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◎消失グラデーション
長澤 樹
角川書店


 昨年末、図書館で何冊かのミステリー年間ベスト作品を予約していた。やっと連絡が来たかと思ったら、同時に三冊が「準備が整いました」とのことで、少々慌ててしまっている。同時に借りるとなると、当然返却も同時に済まさなくてはならず、最近、読書のペースも落ち気味で、おいおい読むつもりで用意している横山秀夫や奥田英朗、宮部みゆきの諸作が溜まる一方の体たらくだった。
 しかもスマートフォンなる高額のおもちゃに悪戦苦闘している最中で、もし三冊読んで返すというノルマがなかったら、この七月は本など読まなかったのだろうと思う。これも外回りの仕事をしていれば二週間で単行本三冊など楽勝なのだろうが。

 【男子バスケ部員・椎名康は、ある日、女子バスケ部のエース網川緑が校舎の屋上から転落する場面に遭遇する。康は血を流し地面に横たわる緑を助けようとするが、わずかの隙に緑は目の前から忽然と消えてしまう!?監視された空間で起こった目撃者不在の少女消失事件。複雑に絡み合う謎と真相に、多感な若き探偵たちが挑む!】

 長沢樹という聞いたこともない作家で、どんな内容の本なのかもわからず(最初はタイトルからの連想でSF災害パニックものだと思っていた)、何故、図書館に予約したかといえば、先に述べた通り、宝島社の「このミステリーがすごい!2012」の第6位にランキングされていたからだが、「このミス」が発表されるともの凄い勢いで予約が殺到し、半年以上も待たされたことになって、そのうち、実は予約をしていたことすらも失念していた。
 沼田まほかるの『ユリゴゴロ』はそういう事情もあって、すぐに読み始めた結果、その日のうちに完読してしまったのだが、この『消失グラデーション』も三日と経たずに読み切ってしまった。
・・・などと内容に関係のないことをダラダラと書いてしまったのには以下の理由がある。
 
 一体、こういう仕掛けが施されたミステリーで、何をレビューに書けばいいのだろうかと思う。少なくともネタばらしに踏み込まなければ話にならないのは確かで、間違っても夏休みの読書感想文の課題に、この素材を選んではならないのだろう。今もこれを書きながら、おそらくレビューにはならないだろうなということがわかる。
 長沢樹という作家名を知らなかったのも道理で、この作品が実質の文壇デビュー作で、『消失グラデーション』は「第31回横溝正史ミステリ大賞」受賞作だ。横溝正史の金田一耕助ものは中学生の時に夢中になって読んだものだが、この賞については殆ど馴染みがなく、31回も重ねている割には受賞者リストで知っている名前は阿久悠だけだった。しかし選考委員に綾辻行人、北村薫、馳星周が名を連ねているのである程度の信頼はおけるだろうということと、そのお三方の激賞ぶりが本の開きに抜粋されているのに気がついてから、俄然、一気読みに熱が入ったという按配だった。

 綾辻行人「周到な企みに満ちた長編ミステリとして作品を完成させた力量は大したものである。横溝賞の選考に関わって長いが、その間に読んだ原稿のむ中でも三本の指に入る逸品!」
 北村薫「先入観なしにページをめくってほしい。これは―すでに読んだ人となら、あれこれ語りたくなる作なのだ。ひとつ取れば崩れるようなブロックが、誤りなく汲み上げられた建築である。」
 馳星周「ラストで隠された真実が露わになると、わたしは驚愕した。平らな世界に開いていた穴が次々に埋まっていったのだ。この賞の選考委員を務めるようになって三年になるが、間違いなく、わたしが読んだ中で最高の傑作である。」

 と、ベタ褒めだ。もっとも北村薫氏のいう「先入観なしにページをめくれ」だの馳星周の「わたしは驚愕した」だとの書かれてしまうと、何かもの凄いラストが待っているのだと、それこそ余計な先入観を植え付けられてしまうのだが、確かに終わり近くになって大仕掛けが明かされたときには驚き、こんなことがあり得るのかとも思った。
 しかし高校生の青春小説として楽しんでいたし、これは初めて体験するバスケ小説ではないかと思っていた時間がすべて欺かれたような気もした。
 この種の仕掛けは過去に二作ほど読んでいるが(うーん、その作品名も伏せておかねばならないのか)、やはり高校生の日常を綴りながら、ちょっとした心理の機微を描写するときに、個々のパーソナリティの肝心な部分が伏せられたままだというのはいかがなものだろう。もちろんそこが生命線であるのはわかったうえでも、どうしても違和感が残る。
 いや、この構図を成立させた新人作家の力量は大したものだし、ガラスのように傷つきやすい少年少女たちのアイロニーが、結果的に成長物語になっているのも悪くないと思うのだが、かといってこの大仕掛けがトリックの根幹部分に関わっていたのかというと、実はそうでもなく、その部分でもややモヤモヤしたものが残ってしまった。
 ミステリーなので、作者が張りめぐらせたトリックに騙されるのは歓迎したいが、欺かれたとなると少々読後感も複雑だった。

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