◎謎解きはディナーのあとで

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◎謎解きはディナーのあとで
東川篤哉
小学館


 【いくつもの企業を擁する世界的に有名な「宝生グループ」の令嬢、宝生麗子は警視庁国立署の刑事。そして執事兼運転手の影山は、難事件に立ち尽くす麗子に容赦ない暴言を吐きながら事件の核心へと迫っていく。】

 本屋を覗く習慣がある者ならば、ここ半年ばかり鮮やかなイラストの装丁が平積みにされていたのをよく目にしたことだろう。いかにもライトで手軽に読めて、面白そうで、かなり売れている本格ミステリーとなると、試しに読んでみようかとなるのは人情だ。
 別に1500円+消費税で深刻に悩む口ではないが、まず図書館の予約を見るとなんと予約が200件を超えている。だから『謎解きはディナーのあとで』は文庫本待ちにしておいて、その時点でも読む気でいたら買えばいいかなどと思っていた。
 ところが本書は今年の「本屋大賞」に輝いてしまう。私は出版社の広報が売り込みをかけるのではなく、またプロの選考委員による権威的な文学賞などでもなく、現場の書店員さんがぜひ読んでほしいと推薦したい本という主旨にシンパシーを抱いていたので、本屋大賞の受賞作に関しては新刊本を買って必ず読むと決めていた。そのこともあり、大賞受賞のニュースが出た日に池袋駅中の書店で『謎解きはディナーのあとで』購入した。

 通勤の行き帰りと、休憩時間を使ってあっさり完読した。結論からいえば私には合わない作風で、とても面白いとは思えなかった。
 すでに百万部を売る爆発的なヒットにあるように、確かにライトで気軽にページをめくらせるのだが、当然、読者によって面白い面白くないの尺度は違うし、私もその両者の平均を拾い上げてレヴューする気もないのだが、少なくとも帯にあるような本格ミステリーなどと謳うべきものなのかどうかは甚だ疑問だった。
 内容は有数な大富豪の令嬢でありながら国立署の刑事である宝生麗子が、殺人現場で上司ととんちんかんなやりとりを繰り返し、イライラしながら帰宅すると執事兼運転手の影山が事件の内容を聞いて、鮮やかに事件の真相を解決してしまうというストーリー。
 全六話からなる連作短編がほぼこの調子で繰り返されていくばかりか、雑誌連載のため、その都度キャラクターや状況の説明が入るので、次第に目障りにもなってくる。
 私はとくにガチガチの本格ミステリファンでもないので、タイトルに「謎解き」とあっても、その精度を求めることはしないが、殺人事件があれば、所轄署に捜査本部が立ち上がり、地取りや関係者の洗い出しという手順を重ねていくオーソドックスな展開の方に信頼を置いているので、この小説の前提から既にキツイものがあったのだ。
 それでも「本格」であるのかどうかは別としても、実はこの小説は私が初めてお目にかかる「アームチェア・ディテクティブ」、所謂「安楽椅子型探偵もの」であることは特筆したいと思っている。
 殺人現場や関係者との直接のコンタクトは一切せずに、事件の詳細を聞いただけでズバリと犯人を言い当てるというパターンは懐かしいワニブックの「推理クイズ」本などで何度か読んでいるが、ある意味、口述された証拠だけで真実を暴いてしまうのだから、思考の遊戯としてアームチェア・ディテクティブものは最上級のミステリーだといえるのかもしれない。

 実際、第一話の『殺人現場では靴をお脱ぎください』は、やや真犯人の特定が強引なことと、設定やキャラクターづけが肌に合わなかったことを差し引いても、謎解きとしてはまあまあ良くできていたのではないか。
 何故、被害者は管理人に対して態度がぎこちなかったのか?何故、被害者は靴を履いたまま殺されていたのか?など幾つかの伏線が張られ、それがすべて事件解決の鍵となって、それを論破する影山執事の推理はなかなか鮮やかだったと思う。
 ところが第一話の謎解きに「ほう」と感心してしまったおかげで、それが二話以降はみるみるうちに萎んでくるのは如何ともしがたかった。いくらなんでもワインのボトルのトリック、密室トリックはそれこそ「推理クイズ」レベルだったのではないだろうか。
 そもそも人が倒れているのを見ただけで、救急車ではなく、迷わず110番した時点でもう第一発見者が立派な容疑者ではないだろうか。
 
 「お嬢様はアホでいらっしゃいますか」 「お嬢様の目は節穴でございますか?」 「ズブの素人よりレベルが低くていらっしゃいます」 「失礼ながらお嬢様、やはりしばらくの間、引っ込んでいてくださいますか」 「お許しください、お嬢様。わたくしチャンチャラおかしくて横っ腹が痛とうございます」
 おそらく執事の影山がお嬢様に罵声を浴びせかける数々のボキャブラリーがこの小説の一番の可笑しさになっているのだとは思う。
 しかし「本屋大賞」という今や立派なムーブメントに育った賞の選考が、この程度の可笑しさだけで首位に輝いていいものなのか。非常に意地悪な言い方をしてしまえば、この影山のセリフの「お嬢様は~」を「書店様は~」と置き換えてもいいくらいではないか。
 
 ある意味「本屋大賞」という読者の信頼に応えてきた賞を獲ってしまったことが、本書には不幸なことだったのかもしれない。決して読者に高いハードルで読ませる小説ではないと思うのだ。
 この賞がもっと権威ある存在になるべきなどとは思ってはいないが、アルバイトやパートにまで選考者の範囲を広げてしまうのはどうなのか。やはり最低でも書店員はキャリア五年以上で、男女比、年齢構成のバランスも考えるべきではないだろうか。
 


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