◎道化師の蝶

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◎道化師の蝶
円城 塔
「文藝春秋」三月特別号


 【無活用ラテン語で記された小説『猫の下で読むに限る』。希代の多言語作家「友幸友幸」と、資産家A・A・エイブラムスの、言語をめぐって連環してゆく物語…。】

 五年前の青山七恵『ひとり日和』以来、芥川賞作品はほぼ「文藝春秋」の掲載で読んできたが、内容の難解さ、意味不明さに於いては今のところ円城塔『道化師の蝶』に勝るものはなく、結局、読了にまるまる一ヶ月かかってしまった。
 もっとも内容を何度も咀嚼し、ページを行きつ戻りつ悪戦苦闘しながら理解に努めるということもしなかった。おそらくそれはとてつもなく無駄な作業であることをはっきりと感じとっていたからだ。
 読了に一ヶ月かかったのは単に私がサボっていたからで、一ヶ月の労力をかけて雑誌の二段組み30ページにも満たない小説のエンディングに辿り着いたわけでもなんでもない。
 更にいえば難解、意味不明の『道化師の蝶』を読んでいる間はそれほどの苦痛はなく、途中で投げ出すことなど一切考えてもいなかったのだ。
 この小説の魅力を語るほどの成熟した読者ではないが、少なくともわからないままに最後まで読ませてしまうのは、『道化師の蝶』の面白さというか、特質なのではないかと思っていたりもする。

 今まで、芥川賞の受賞作を読むたびに「純文学とは何ぞや」という命題と対峙して、そのつど純文学なるものの定義を否定してきたように思うが、『道化師の蝶』に至るとその対峙そのものが無意味であることがよくわかる。
 文章は至って端正だ。難解な作品にありがちな突飛な比喩や哲学的なロジックは一切用いていない。それはもうエンターティメント作品以上に明晰な表現で、びっくりするほどで、それゆえにさしたる苦痛もなく読めてしまうのだが、その端正な文章で語られる内容のつながりが私にはまったく解らなかった。
 小説に出て来る「蝶を捕獲する銀の網」に文字るわけではないが、このストーリーにはタテ糸とヨコ糸もあるようでいて、そのタテとヨコの糸が混じるようでいて微妙にズレていて、時たまナナメ糸も薄らと垣間見えるようにも思えるのが解らなさを加速する。

 作者の円城塔という人は物理学を専攻した東大出身者ということで、私などはそれだけで「相容れない感じ」を抱いてしまうのだが「難解、読者を置き去りにしているという批判をどう受け止めますか?」との雑誌のインタビューに対し「エンジニアをしているような人間が今の日本のメインストリームの小説を読んで楽しいかというと、多分楽しくないんですよ(中略)ストーリーだけではなく、もっと構造や部品そのものを面白がってもらう小説のあの方もあるんじゃないか、感動を与えるばかりが小説ではなくて」 要するに『道化師の蝶』はある種の実験小説なのではないか。

 私がこの厄介な小説を一度も投げ出そうとは思わずに読了したのは、文章が読みやすかったこととは別に、芥川賞選考委員のお歴々と一緒に『道化師の蝶』の解らなさを共有出来たことが楽しかったこともある。これはネット上のレビューと違ってある種の快感をもたらせてくれた。
 以下、「文藝春秋」誌上での主な選考委員の『道化師の蝶』評を引用してみる。

  〇黒井千次 「うまく読むことが難しい作品であり、素手でこれを扱うのは危険だという警戒心が働く(中略)支持するのは困難だが、全否定するのは更に難しい(中略)注文をつけるとすれば、読む者に対して不必要な苦労をかけぬような努力は常に払われねばなるまい。」

  〇高樹のぶ子 「一見いや一読したぐらいでは何も確定させないぞ、という意思を、文学的な志だと受け取るには、私の体質は違い過ぎる(中略)にも拘わらず最後に受賞に一票を投じたのは、この候補作を支持する委員を、とりあえず信じたからだ。決して断じて、この作品を理解したからではない。」

  〇山田詠美 「この小説の向こうに、知的好奇心を刺激する興味深い世界が広がっているのが、はっきりと解る。それなのに、この文章にブロックされてしまい、それは容易に公開されない。〈着想を捕える網〉をもっと読者に安売りして欲しい。」

  〇島田雅彦 「「こういう“やり過ぎ”を歓迎する度量がなければ、日本文学には身辺雑記とエンタメしか残らない。いや、この作品だって、コストパフォーマンスの高いエンタメに仕上がっている。二回読んで、二回とも眠くなるなら、睡眠薬の代わりにもなる。」

  〇宮本輝 「私には読み取れない何かがあるとしたら、受賞に強く賛成する委員の意見に耳を傾けたいと思っていた。」

  〇石原慎太郎 「最後は半ば強引に当選作とされた観が否めないが、こうした言葉の綾とりみたいなできの悪いゲームに付き合わされる読者は気の毒というよりない。こんな一人よがりの作品がどれほどの読者に小説なる読みものとしてまかり通るかははなはだ疑がわしい。」

 相変わらず石原慎太郎の毒舌ぶりが読んでいて面白かった。名前は出ていなかったが、選考会場で「これは小説になっていない」「読んだ人たちの多くが、二度と芥川賞作品を手に取らなくなるだろう」とまで言い切ったのはこの人なのではないか。
 結局、この作品を推したのが大学の理学部で生物学を専攻した川上弘美と、『博士の愛した数式』の著者、小川洋子の二人だったというのもなにやら象徴的だった気もする。
 また[よく解らなかったので他人に丸投げ」した委員が二人いたのも笑ってしまうのだが、私も殆んど『道化師の蝶』の内容に踏み込まないまま、この感想を終えるのであった。
  


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