■2017.03

日めくり 2017年03月(平成29年)         



2017.03.01(水) 雨

職場帰りにカレー屋で腹を満たして、表に出ると雨が降り始めていた。
次第に雨脚が強くなり、アパートに帰る頃には本降りになっていた。
YouTubeで見逃していた「R-1ぐらんぷり」を見ながら、
ピン芸人の即物的な裸芸に鼻白んだ後、実家に電話をしてみたのが22時頃。
母はご苦労なことに親父にせがまれるまま、毎日施設に面会に行っている。
様子を聞くための電話だったのだが、呼び出し音がただ鳴るばかり。
この時間に母親が雨の中、外出している筈はなく、急に心配になる。
母も高齢で、脳血管に爆弾を抱えている身だ。まさか倒れているのではないか。
なんでアパートに帰ってすぐに電話しなかったのだと後悔が先に立ち、
くだらない裸芸を見ていた時間が途端に恨めしくなる。
生憎、車は点検に出しているので、胸騒ぎのまま、雨の中、駅まで急ぐ。
電車を乗り継ぎ最寄り駅まで着くと、タクシーは長蛇の列。雨も恨めしい。
平日なのでまだバスがある。バス待ちの列に並んでもう一度電話をして見た。
出た。風呂に入っていたらしい。いつもならもっと遅い時間に風呂を使うのだけれど。
どちらにしてもホッと胸を撫で下ろす。
泊って行けとはいわないが、飯が余ったので食べて帰れという。
時計を見ると23時半。こんな時間に飯など食えるものではない。
幸い、三菱のディーラーがガレージに車を戻してくれていた。
明日も親父に「行くから」と約束してしまったと、疲れた顔で苦笑い。
「悪ィけど頼むな」と言い残し、雨の中、ハンドルを握るや否やタバコに火をつけた。


2017.03.02(木) アカデミー・アワード

今年もロサンジェルスでアカデミー賞の授賞式が行われた。
ネットの記事によると受賞者のスピーチではトランプ批判が相次ぎ、
作品賞の発表では受賞作品を取り違えてコールするハプニングがあったらしい。
YouTubeにライヴがアップされていたので、どんな様子だったのか覗いてみた。
アカデミー賞は権威よりハリウッド人の季節外れの盆踊大会だと思っているので、
『ラ・ラ・ランド』は好きな映画でも、作品賞を逃して残念だとも感じていないが、
“ラ・ラ・ランド!”とコールしてしまったのがフェイ・ダナウェイで、
隣で戸惑った表情を浮かべていたのがウォーレン・ビューティだったのに驚く。
おお!爺さん婆さんになったボニ―&クライドの登場ではないか。
ついこの間、アーサー・ペンの映画を観に行ったばかりで何とも不思議な符合だ。
オスカー史上前代未聞のハプニングだということだが、
そりゃボニ―とクライドならやりかねないだろう。
フェイ・ダナウェイ76歳、ウォーレン・ビューティ79歳。
なんだか嬉しかった。


2017.03.03(金) 清順美学よ永遠に

ムッシュかまやつの訃報が報じられたばかりだが、
ここは前月半ばに亡くなられた鈴木清順について書く。
誠に申し訳ないことに清順さんの訃報を知った時、まだ生きてらしたか?と思った。
最後の作品が公開されてから12年経つ。享年93歳。
私が本格的に日本映画に目覚め、キネマ旬報などを買うようになった高校生の頃、
鈴木清順という存在を多くの若手評論家たちが神のように崇め奉っていた。
当時は映画会社の番線を“商業映画”などと区別する空気が残っていて、
清順は「商業映画に捨てられた鬼才」として左翼的な空気を象徴していた。
とにかく日活というスターシステムの会社で異彩を放った人だった。
では私は劇場でどれほどの清順作品を観てきたかといえば、12本程度に過ぎない。
この辺りが「遅れてきた映画小僧」を自負する所以なのだ。
『けんかえれじい』 『東京流れ者』 『関東無宿』 『刺青一代』 『殺しの烙印』…。
小林旭が、渡哲也が、高橋英樹が、宍戸錠が清順映画では不思議な魅力を醸しており、
そして清順映画を名画座で観ることが、映画小僧のステータスのような気になっていた。
何といっても忘れられないのが、デパートの屋上にドーム型の小屋を建てて上映された、
1980年公開の『ツィゴイネルワイゼン』。
上映後に大学の同級生たちと映画について語り明かした記憶が鮮明に蘇る。
作品の解釈であれほど口泡を飛ばしたのは『ツィゴイネルワイゼン』が唯一無二か。
今はギリギリで青春の一端を清順神話がかすっていたことを誇らしく思う。
鈴木清順のような映画監督は二度と現れないだろう。
どうぞ安らかにお眠りください。


2017.03.04(土) いい加減、親父のことを書くのが辛い

朝、アパートを出て実家で母を拾い、病院経由で親父の住む施設へ向かう。
家族がバラバラに一人住まい。人からこの状態を責められるのは私か。
相変わらず施設の部屋で「何で帰れないんだ」と吠えている親父。
それでいて母に毎日来てくれと頼み込む姿が憐れで見ていられない。
電車とバスを乗り継いで律儀に通う母。
今までの人生でこれほど親の存在を意識させられることはなかった。
そんなことがかれこれ2ヶ月続いている。
正直、施設の親父の部屋を訪ねるのが辛い。
何よりそのことをここに書きとめる作業がしんどい。


2017.03.05(日) 成瀬巳喜男監督『浮雲』

「午前十時の映画祭7」で上映中の成瀬巳喜男監督作品『浮雲』を観る。
「日本映画オールタイムベストテン」では必ず上位に入る名作中の名作だが、
20代の頃に銀座並木座で観た時、とにかく面白くなかった。
面白くなかったどころか、クソつまらなかったといっておこうか。
並木座の最前列で睡魔と戦っていた記憶しかなく、
僅かに南方系の劇伴の中、高峰秀子と森雅之が歩くイメージだけが頭に残っていた。
若い頃に観て面白くなかった映画を、齢を重ねて改めて観ることはままある。
次回観賞予定の『愛と哀しみの果て』も20代の頃は少しも面白くなかったし、
後日、書くことになる「午前十時の映画祭8」もそんなラインナップが並ぶ。
しかし今日、30年ぶりに再見した『浮雲』は実に面白かった。
齢を食うと若い頃に理解出来なかった男女の機微も、理解するようになるのか。
しかし思った。この理解は私の観賞眼が成長したのではなく、
ましてや50年半ば生きてきた人生経験の積み重ねの賜物でも決してないということ。
ダメな主人公たちを躊躇なく受入れ、共感出来るようになっただけではないのか。
自分の限界値がほぼ見えたことで、彼らへの感情移入が容易になったのだろう。
これは決して成長したとはいえない。むしろ諦観から見えてきた世界かもしれない。
森雅之演ずる富岡の卑小な打算・妥協・惰性。だらしないまでの卑怯さ。
私自身がこんな男であることを認めたくはないが、
それでも富岡は、窮屈な社会性だけで体面を保っている。まるで私と同じだ。


2017.03.06(月) 三寒四温の渦中で

気温は10度を超えている。この時期としては平均的な気温だろう。
ところが体感的に寒かった。夜中に寒さで何度が目が覚め、トイレで目が覚め、
ついでに足がつりそうになり目が覚めた。
今年の春は寒い。寒すぎる。いやもともと三月なんて寒いのだろうが、
一方ではむしろ今年は暖かいのだという話もある。
ではこの冬の[日めくり]で、「寒い」「北風」のワードが連発したのは、
単に寒さが身に堪える齢になったということだろうか。


2017.03.07(火) 言葉

この[日めくり]でもおそらく乱発しているだろう誤字、言葉の誤用。
ところが日常的に用語の使用をチェックするのが仕事の一部なのだから恐ろしい。
先日持ち込まれたテキストに「煮を切らした夫は・・・」とあった。
なんだそりゃ?「業を煮やした」と「しびれを切らした」が混同したか。
言葉は難しい。文章で人に伝えることの難しさ以前に、用語、慣用句の運用も難しい。
そこから職場で慣用句の誤用について上司を囲んでちょっとした談議になった。
“的を得る” “汚名挽回”は誤用の典型とされ、クイズ番組でも出題されるが、
今、三省堂国語辞典では“的を得る”も“汚名挽回”も正しいとされている。
そうなのだ、意味的にはなんの問題もないではないかと私も思う。
的を射たのだから「得た」。まして汚名を挽回するのは不自然なことなのか。
「汚名挽回」がNGなら、「病気回復」もNGではないのか。
聞けば、言葉の意味は時の権威者の発言や論文で決定されることが多いという。
結局“誤用”を用いる側も、指摘する側も後付けの解釈であり、
言葉の発明者が定義したわけではないのだ。
小説が映画化もされた『舟を編む』にも出てきた“ヤバい”の解釈の変化。
「この料理の味、ヤバい」。ひと昔前なら腐った食い物のことだ。
ひとつの言葉に否定と肯定が同居するのをどう捉えていくのかが問題なのだろう。
「時代の変化」でこの駄文をまとめるのはつまらないが、
かといって、この齢になって時代のトレンドを捕まえる作業はきつい。
むしろ「これって死語だよね」と過去を思い出す方が楽しい。
新しい言葉は我々レベルまで降りてきたとき選択すればいいではないか。
もし「煮を切らした」が突然降りてきたら笑ってしまうのだが。


2017.03.08(水) 通り

街を歩くとき、職場のベランダで一服して表通りを眺めているとき、
以前ならいい女でも歩いていないかななどと、無意識に探していたかもしれない。
今は自然に老人たちが歩いているのに目がゆく。
平日昼間は少なくないお爺ちゃんお婆さんたちが舗道を歩いている。
ベランダで眺めているとその歩みがひどくたどたどしく見える。
建物の壁つたいに歩くお爺さんをお婆さんが見ている。夫婦だろうか。
あのお爺ちゃんは親父の齢ぐらいだろうか。
お婆ちゃんは母よりも齢とっているのだろうか。
西日が照りつけ、ふたりの影が伸びていた。
またひとつ季節を越えるか。


2017.03.09(木) 侍JAPAN一次ラウンド突破

WBCが次第に熱を帯びてきたようだ。
中田、筒香と大砲に一発が飛び出し、チームに雰囲気が出てきた。
一方で韓国、台湾が一次ラウンドで敗退。
早くもアジアの牙城は日本に託された形となったのだが、
イスラエルにしてもオランダにしても、本国で野球をやっていた選手がいるのか?
オランダはリーグがあるのかも知れないが、イスラエルは・・・・?
確かに強そうだが、二次ステージ進出を国民は知っているのだろうか。
実は阪神タイガースも侍JAPAN、オーストラリアに連勝し、オープン戦も快勝。
練習試合でいくら勝っても仕方がないのは百も承知としても、
やはり気にならないといえば嘘になる。
鳥谷とのレギュラー争いを設定されいる北條が、打ちまくっている。
技術の向上もさることながら、精神的に物怖じしない性格なのかも知れない。
おっと、侍JAPANの一次ラウンド突破を祝すつもりが、
どうしても思いはタイガースにいってしまう。
ガンバレ!ニッポン!ちったあ目立て藤浪晋太郎!!


2017.03.10(金) 今週は慌ただしい

そんなこんなでWBCも盛り上がってきたが、
北朝鮮が日本海に弾道ミサイル三発をぶち込み、
日本の在留米軍が標的だとうそぶく。
隣の韓国では朴槿恵が罷免されて大騒ぎとなり三人が死亡。
築地市場の豊洲移転問題で、いよいよ百条委員会が開かれることになる。
しかし今一番の話題は森友学園に関するあれやこれやか。
そうこうしている内に春のセンバツの組合せが決まり、
週末には新横綱で注目の大相撲大阪場所が開かれる。
気温も上がったり下がったりの慌ただしい三月ではあるが、
明日は、東日本大震災から6年目の3.11が来る。
何だか着いていくのに精一杯の慌ただしさだ。


2017.03.11(土) 震災6年に思うこと

今、評価が落ちる一方の石原慎太郎だが、都知事時代は良いことも沢山した。
私が最大に評価するのは震災がれきをどこの自治体にも先んじて受け入れたこと。
反対派が喚き立てる暇を与えず一気に即断、即実行したのは鮮やかだった。
それと比べて後手を踏んだのが、我が神奈川県知事の黒岩祐治。
まごまごしている間に処分場予定地は反対住民の牙城となってしまった。
反対住民というが、殆んどは県外からの反原発の市民団体だったという話。
奴らは「子供たちを放射能と一緒に暮せというのか!」と喚きまくったのだが、
実際は、震災がれきに基準以上の放射能など検出されてはいない。
福島第一原発付近のがれきが持ち込まれるわけでもないので当然のこと。
この一連の騒動は当時の私を相当に苛つかせていたことを思い出す。
奴らの目的は困窮する被災地を無視し、ただ放射能への恐怖心を蔓延させること。
今でも記憶を辿っては怒りがぶり返して震えがくるくらいだ。
とくに市民団体の常套手段である「子供たちの将来が」というフレーズを嫌悪する。
子供をダシに使う手法くらい唾棄すべきものはない。
ではそんな大人たちを見てきた子供たちはどうなかったのか
福島から転校してきた子供をいじめ、金を脅すガキに成り下がったのではないか。
この問題と、がれき受入れを結びつけるのは極端であるのは百も承知だが、
当時の大人たちのヒステリーが子供に与えた影響は大きかったろうと想像する。
今年も3.11が近づくにつれ、報道番組のメインキャスターたちが東北を目指す。
6年経った東日本大震災について、様々な事例を紹介するだろう。
しかし横浜の小学校でのいじめ問題も、間違いなく3.11のひとつの真実なのだ。


2017.03.12(日) “死闘”4時間46分

そうそう、これが国際試合の緊張感と臨場感。
野球はサッカーやラグビー、バレー、バスケと比べて牧歌的な競技だろう。
それはひとえに試合中の「間合い」の多さにあると思うのだが、
そこに“国を背負って戦う”という概念が持ち込まれると様相が一変する。
その「間合い」が集中力を臨界まで高め、ジリジリとする緊張感をもたらしていく。
WBC2次リーグで日本はバレンティンやバンデンハーク擁するオランダと対戦。
普段の野球でもハラハラ、ドキドキはあるが、WBCは次元が違う。
いやはや疲れた、痺れた、時計の針が日を跨ごうかという激戦。ヘトヘトになった。
こんな野球は何年か一度でいい。
今宵は、その何年かに一度を心ゆくまで堪能した。


2017.03.13(月) 昨日『愛と哀しみの果て』を観て

『愛と哀しみの果て』は記録によると初見が1986年の3月21日とある。
おそらく当時のアカデミー受賞直後の観賞ということだろう。
トランプがメリル・ストリープを「過大評価され続けた女優」と非難したが、
もちろんストリープが正真正銘の名女優であることに間違いないとしても、
しかしオスカーを7つも獲ったこの映画は、過大評価された作品だと思っていた。
そもそも私は監督のシドニー・ポラックとは何故か相性が良くない。
『トッツィー』は未見。たまたま観たのがピンとこない作品ばかりだったのか。
原題は“OUT OF AFRICA”。そもそも邦題に大いに不満を抱いていた。
この映画から2年前のオスカー受賞作『愛と追憶の日々』は大好きな映画で、
二番煎じをあてこんだ安易な邦題の付け方には嫌悪感しかなかったのだ。
とにかく映画はサバンナの空撮場面しかまったく記憶が残っていなかった。
昨日、31年ぶりに『午前十時の映画祭』のプログラムとして再見する。
確かに空撮場面の素晴らしさは突出してたが、思っていたより悪くはなかった。
なによりもヒロインのアフリカ滞在奮戦記として面白かった。
面白かったのだが、どこか物足りない。
まず彷徨するヨーロッパ貴族の凋落が掘られていないので作品に深味がない。
そこを掘り下げるよりもアフリカ大地の描写を前面に押し出したのだろう。
確かに貴族と土着の部族との軋轢と融合を丁寧に追うよりも、
ストリープにライオンと戦わせる方がハリウッド的エンターティメントになる。
その意味で当時のアカデミー賞選考員に受けそうな成功作ではあったか。


2017.03.14(火) 映画『彼らが本気で編むときは、』

心揺さぶられ席を立てなくさせるまでの映画ではない。
でもとてもよい映画だった。
荻上直子監督の映画は初めて観る。彼女のオリジナル脚本だという。
コミックやライトノベルの映画化全盛の時代、それだけでも気分がいい。
それと一枚のポスターからのインスピレーション。イケそうだという予感がした。
トランスジェンダーのリンコと、母親に放棄された小学5年のトモの物語。
さらにトモの叔父でリンコの「婚約者」マキオとの共同生活。
映画はこの共同体を中心に幾つかの家族、とくに母と子の姿を重層的に描いていく。
家族の物語に強いアクセントを与えているのはトランスジェンダーの問題だ。
しかし葛藤は描かれるが、決してトランスジェンダーの闘いは描いてはいない。
過去の闘いで到達したリンコの境地を、トモが理解していく過程が作品の核となる。
もちろん抑圧や不理解が彼らの周囲にはつきまとい、巧みに物語を転がしていく。
「リンコさんのような心の人に惚れちゃったらね、もうあとのいろいろなことは、
どうでもいいんだよ。男とか、女とか、そういうことも、もはやカンケーないんだ。」
トモがマキオに聞かされるリンコへの想い。
観客がリンコの「性」を簡単に越えることができる実に効果的なセリフだ。
細かい内容の感想(解説?)はこれくらいにして、
タイトルが示すように「編み物」が重要なモチーフになっている。
彼らが本気で編んでいるのは、なんとチンコ。
108個のチンコひとつひとつを編みあげることで煩悩を払おうとする。
その毛糸のチンコをお焚き上げする頃には我々観客はすっかり彼らの応援団だ。
男から女へ、やがて母性に目覚めていく過程は、女性監督ならではの視点だろう。
そしてチンコからおっぱいへというトリッキーな転換も見事だった。


2017.03.15(水) 筒香の一発、侍Jアメリカへ

残業しつつ、WBCの中継が始まるともうたまらない。
どうせ残業手当も出ないのなら、テレビをつけるくらいなんだというのか。
と、開き直って、職場で侍ジャパン、運命のイスラエル戦を観る。
千賀が素晴らしかった。得意のフォークのコントロールが定まらない中、
渾身のストレートとスライダーでイスラエル打線を封じていく。
しかし日本もチャンスをことごとく潰していくジリジリした展開。
狭い東京ドームでの投手戦は空間に抜けがなく、異様に息苦しいのだ。
そして待ちに待った筒香の一発。
打った瞬間、ボールは放物線を描いて右中間スタンドに消えていった。
いやアメリカの西海岸まで飛んでいったといっておこうか。
一発の快音が呼び寄せる解放感。これがあるから野球はたまらない。


2017.03.16(木) 狂言「千作千五郎の会」~国立能楽堂

今年も国立能楽堂に茂山狂言を観に行く。
茂山家では昨秋に大きな動きがあった。
千五郎が隠居名である五世千作に、正邦が十四世千五郎を襲名。
まぁこんな超のつく狂言ビギナーが襲名云々を述べてもしょうがないが、
当代千五郎は1972年生まれ。
貫録は十分だが、私よりひと回りほど若く、そのことに驚く。
宗彦、逸平で狂言の入り口に立ったビギナーとして、正邦は脇に見ていた。
観賞は今回で6回目だが、たまたまそんな演目が続いたのだろうが、
武智鉄二作の「濯ぎ川」で女形を観た時、あまりの豪快さに苦笑したものだ。
先代千五郎のような飄々とした味わいは難しいかもしれないと思いつつ、
多士済々の茂山家をまとめていくリーダーとしての風格は十分ではあるのだろう。
この度の演目は「花折」「柑子」「武悪」の三題。
毎度、狂言師たちの口跡の素晴らしさに、心地良よく眠気に誘われるのが玉に瑕。
「花折」は登場人物の多さが目を引く。7名が登場する舞台は初めて観た。
花見衆の先頭に童司、末席に茂が控えることで、舞台の隅々が立体的に見える。
役者の顔で空間的な広がりを見せるのは巧い演出だったと思う。
千五郎のいかにも酒好き然とした豪快さが、際立つ一編だ。
宗彦、逸平の兄弟ふたり舞台となった「柑子」。
悪いことをしでかした太郎冠者が、主人に言い訳を駆使する掛け合い劇。
狂言の典型だろうが、話が俊寛に及ぶと、見る側の素養が試される演目でもある。
三つ目の蜜柑は自分の六波羅に収めたといわれてピンと来ないのが痛い。
ややふたりのキャラを思うと、役の主従が逆のような気もしたが、
それでも宗彦、逸平の掛け合いはファンとして楽しかった。
千作、千五郎の揃い踏みとなった「武悪」。
個人的には千作のハイテンションな癇癪が凄ぶる可笑しかった。
喜劇として筋で笑わしてくれるのもいいが、役者で笑えるのがたまらない。
当代を任じられた千五郎に、親父を越える日は来るのだろうか。
これもまた伝統芸能を見続ける楽しみなのかもしれない。
狂言という伝統文化の発展と伝承というハードルは高いだろうが、
正邦には新しい形の当代千五郎を作ってもらいたいものだ。


2017.03.17(金) さらば愛しき、渡瀬恒彦

愛する役者の訃報記事が出るたびに「違う!」と声を荒げたくなるものだが、
渡瀬恒彦の代表作にテレビシリーズがあげられていると本当に寂しくなる。
根っからの映画俳優だ。おそらくテレビの芝居ではスキルの半分も披露していない。
この人ほど正真正銘で撮影所の匂いを感じさせる役者が他にいるだろうか。
ピラニア軍団の発起人であり、数多の武勇伝が伝説として語り継がれているが、
逆にその匂いを隠し切ったことで最後までテレビで活躍出来たのだと思う。
その成果が『ちりとてちん』の草若師匠で実を結んだのかもしれない。
とにかく東映実録路線において最も凶悪なやくざを演らせて唯一無二。
一方で悲劇のチンピラ役でも最高の味を出す。芝居の上手さは絶品だった。
『仁義なき戦い』シリーズでの有田俊雄と倉元猛の振り幅は凄かった。
自分が成長している実感がないので、渡瀬恒彦の72歳に茫然としてしまう。
72歳か。。。奇しくも深作欣二と同じ齢ではないか。
YouTubeで『狂った野獣』『暴走パニック・大激突』の予告編を見るとゾクっとする。
「バイバイいうこっちゃ」…青春の記憶からまたひとり大事な役者が旅立った。
多臓器不全。想像を絶する苦しみだっただろう。
天国でゆっくり痛みを癒して欲しい。今まで本当にありがとう。
安らかに。


2017.03.18(土) 去年の今頃は・・・

このページでは映画に狂言に、さもお気楽な日々を綴っているが、
現実は父親をサ高住に預けながら、重い荷物を抱えた気分で日々を過ごしている。
仕方のないことだとわかっているのだが、
ふと去年の今頃、三連休は奈良の古刹めぐりを堪能していたなと思い出す。
正直いって週末に、母親と親父の元に会いに行くのは辛い。
これからの三連休、親父と会いたくないとはいわないが、
「いつまでここに居るんだ?」と問われるのが億劫なのだ。
・・・今頃、吉野では桜の蕾が膨らみかけているだろうか。


2017.03.19(日) 三連休の真ん中で

今日も実家で母を拾って親父の元へ。
親子3人の家族がひとつの部屋で会話をする。
ちょっと前なら食卓でテレビを見ながら、ろくな会話もなく過ごしていた。
家族の共同体はともかく、何の因果か話はかわす。
こんな状況は相当に久しぶりのことではある。
この妙な空気は照れなのだろうが、速攻で逃げ出したくなるから困るのだ。


2017.03.20(月) 石原慎太郎の残念な百条委員会

どうやら百条委員会で石原慎太郎は“晩節を汚した”らしい。
確かに「天気晴朗なれども波高し」と意気揚々風に出掛けた割には、
「脳梗塞を患い、記憶が曖昧、平仮名も読めない」にはズッコけた。
昔は腐敗が蔓延する政界にあって、颯爽と肩で風切るイメージだったが、
今や証人席でのらりくらり質問をかわす様は、人の身の憐れを感じさせる。
親父の元へ出掛ける前に、テレビのライブ中継を見ていたが、
1時間と限られた時間の中で、都議会は石原から何を聴き出したかったのか。
先ず最初の質問に立った自民党のふたりはまったく時間の無駄。
このふたりは7月の都議選は覚悟しておいた方がいい。。。私は都民ではないが。
そもそもこの百条委員会の目的とは何だったのかといえば、
「土壌汚染が判明していた豊洲への移転を、誰が決めたのか」を明らかにすること。
石原は「青島知事時代からの既定路線。大きな流れには逆らえなかった」といい、
「すべて浜渦副知事に一任していた」と繰り返す。
なるほど記憶が覚束なく、平仮名も読めないのだからそうなのだろう。
その元副知事は「私が市場問題に携わったのは文書を結ぶ前までだ」という。
元市場長らも水面下交渉は「知らない」と繰り返す。
これで百億近くのカネがよく動いたものだと呆れ果てる。
それでも現実として豊洲に市場の建物は出来てしまっているのだ。
今さら誰が悪かったのか、犯人を決めることに意味があるだろうかとも思う。
結局、誰が損して得したのかあやふやのうちに、徒労だけが残されたか。


2017.03.21(火) 辞めるべきか稲田朋美

今、報道は籠池理事長のウォッチングに明け暮れているが、
国会では稲田朋美防衛大臣が野党追及の矢面に立たされている。
日本海に北朝鮮がミサイルをぶち込んでいるというのに、
その防衛の長が学園の弁護をしたのしていないのと・・・実にどうでもええ。
我が国の野党は北朝鮮の挑発よりも、先ず稲田朋美を辞めさせたいらしい。
南スーダン派遣部隊の「戦闘」か「衝突」かの日報問題も、
結局、稲田朋美にすり替わっている。なんというアホらしさか。
「教育勅語」に賛同したことが大臣罷免の理由になるわけでもなかろうに。
もちろん稲田朋美の資質に問題がないとはいわない。
森友学園の弁護問題で「無関係」と断言した答弁をし、後日、訂正する。
簡単に調べれはわかることだろう。側近の誰かが教えてやらなかったのか。
稲田朋美という人、おそらく人の話に聞き耳持たない性格なのだろう。
国会での答弁や論戦番組などを見てもまるで切れ者だとは思わないが、
何故か安倍晋三に気に入られてるのか、党や内閣の要職を歴任している。
ただ、この人が自衛隊を掌握しているとは思えない点では野党に同調したい。
本当に彼女が隊員たちから認められていないのなら、即刻辞めるべきだろう。
ただ、福島瑞穂が教育勅語で詰め寄った時は、稲田朋美の圧勝だったが。


2017.03.22(水) WBC日本敗れる

1-2。惜敗といってもいいだろう。
守備の乱れで点を与えた闘いぶりは日本らしくなかったが、
完全アウェイの中で接戦に持ち込んだのは評価してもいい。
ところで我が藤浪晋太郎はアメリカに何をやりにいったのか。
日本代表に選ばれたことで実戦不足というのも情けない。


2017.03.23(木) 籠池爆弾よりも

与党のセコさ、野党のセコさが目について仕方がない。
お互いの党利党略が妙なところで交差したのが、籠池泰典か。
この人物も十分に妙なのだが、この妙な人物から幾多の諸問題が派生する。
本筋は小学校建設予定地である国有地売却の8億以上の値引きなのだが、
もはやそんなことよりも、この学校の突出した教育方針が注目され、
最初に鴻池という古いタイプの胡散臭さ満点の代議士の登場から始まり、
火種はあっという間に稲田朋美はおろか安倍晋三、明恵夫人にまで飛び火した。
愚かなことにこの三人が火種に油を注ぐ発言を繰り返してしまう。
とりわけ首相の「一切関わっていない。もし関わっていれば首相も国会議員も辞める」
この発言は実に軽率だったといわざる得ない。大量の油の投下になってしまった。
籠池氏を見ていると、平成の三浦和義でないかと思ってしまうが、
確かにマスコミが大騒ぎするに値する胡散臭さではある。
野党は次は明恵夫人の証人喚問だと気色ばっているものの、
まずは値引き提示した大阪財務局の当事者を質すべきことなのだ。
自民一強の頂点に君臨する首相の失点に雪崩れ込もうする野党に、
妙なおっさんを刑務所にぶち込んで幕を引きたい自民党。
そもそも年度末を控えた予算委員会の場でこんなことに時間を使っていいのか。
日本の政治レベルの低さを炙り出したことに、籠池氏の存在理由はあったのか。


2017.03.24(金) ついでに教育勅語について

日本国民は教育勅語を戦前回帰の復古主義の産物としか思っていないのではないか。
教育勅語=危険思想は朝日新聞などの左翼メディアが印象操作した戯言に過ぎない。
親不幸の私が教育勅語を語る資格などないのかもしれないが、
教育勅語を教育方針とした神道学校があっても一切構わないと思っている。
これが国民主権に反する危険思想であるならば、
すべての人民は神の僕と教えるキリスト教系もダメだということになる。
逆に保守を名乗るのであれば、教育勅語くらい暗誦出来るようになれよといいたい。
明治神宮のHPに勅語の要約がわかりやすく記載されている。
「両親に感謝する」 「兄弟仲良くする」 「夫婦で協力する」 「友達を信じ合う」
「自ら反省する」 「博愛の輪を広げる」 「知徳を磨く」 「公のために働く」
「ルールに従う」 「祖国を守る」 「伝統を守る」 「手本を示す」
一体どこに問題があるのだろう。私にいわせれば憲法の前文と変わらないし、
そもそも普段、大抵の親が子供に教えてきた事柄ではないのか。
いっておくが「安倍首相がんばれ~安保法制ありがとう」と幼児に合唱させた、
森友学園系の幼稚園の映像は教育勅語とはまったく別次元の話だ。
朝日は教育勅語が衆議院で排除され、参議院で失効したことを強調しているが、
卑怯にもそれがGHQ占領下での決議だったことを割愛している。
教育勅語を危険と流布する朝日の深層・病理こそ危険ではないのか。


2017.03.25(土) 映画『キングコング:髑髏島の巨神』

週末のルーティンとなった実家→施設の帰りにレイトに駈けこむ。
ポップコーンを買っていたら「ストップ映画泥棒」の画面が始まっていた。
先月、IMAXの大画面での予告編を観て、これは行こうと決めた。
気分をスカッとさせたくて駆け込む映画はこんなものこそ相応しい。
『キングコング: 髑髏島の巨神』。いいね、この際だから頭を空っぽにして楽しもう。
ピーター・ジャクソンの『キングコング』は名作だが、多分似て非なるものだろう。
『巨大生物の島』など孤島探検隊の怪物遭遇もの。懐かしさ満点だ。
昔は都会のセットが無用の謎の孤島ものは低予算映画と相場は決まっていたが、
そんなチープな世界観を最先端の技術で撮るのが、今のトレンドなのだろう。
いやいやトレンドも糞もない。大した脈絡もなく大ダコが出てきてコングに裂かれる。
コングと大ダコ・・・東宝は50年以上前にやっている。これはオマージュか?
そうこの映画、ラストで決定的になるのだが、全編にオタクの匂いがする。
そのオタク臭は正直邪魔に思えたが、それなりに1時間48分楽しむことが出来た。


2017.03.26(日) 稀勢に感動、大相撲千秋楽

ここまでのドラマが千秋楽の土俵に展開されることを誰が予想していたことか。
今日の大阪府立体育会館の観客はその場に居合わせた幸運を噛みしめたことだろう。
昨日、立ち合いの変化で琴奨菊の大関復帰を阻み、完全ヒール化した照ノ富士。
手負いの稀勢の里は「横綱の責任」だけで土俵に上がり、鶴竜に一蹴された。
ブーイングと溜息。誰もが今大阪場所を残念な場所だと確信した瞬間だった。
「新横綱はよく頑張ったが、怪我をしたのは運がなかった・・・」
そんな感想を多くの人たちが頭の中に用意して千秋楽に臨んだに違いない。
立ち合い。左手が使えない稀勢の里は右に飛んだが、照ノ富士が待ったをかける。
これで立ち合いの変化は使えない。誰もがいよいよ万事休すかと感じたとき、
稀勢の里は次に左に飛んで見せる。そして土俵際での叩き込み。
勝った!よもやの優勝決定戦に府立体育会館が沸きに沸く。
右の変化で待ったをかけられて左に変わる。
子供の頃、同じことを陸奥嵐がやったのを憶えているが、まさか稀勢の里がやるとは。
稀勢の里は決して責任を果たすためだけに土俵に上がっていたのではなかった。
そして優勝決定戦。左肩の痛みより優勝への執念が伝わる仕切り時間も一杯。
またも土俵際まで押し込まれるが、右の小手投げで照ノ富士を転がす。お見事!
そして表彰式前の国家斉唱で涙を止められなかった稀勢の里。
本割、決定戦と我々を土俵に釘付けにさせた新横綱は、完全に館内の空気を支配した。
本人も神がっていたといっていたが、感涙付きの堂々たる優勝だ。
しかしその一方で足の怪我がぶり返していたと思われる照ノ富士。
本日は2番ともいつものゴンタ顔は影を潜めていた。
そうなると昨日の琴奨菊戦から照ノ富士の孤独な闘いは始まっていたのだろう。
満身創痍の男たちによる意地のぶつかり合いは涙なしには見られない。
しかし親の前で泣くわけにもいかず、心の底からひとりで一人で観ていたかった。
心の底から思う。大阪府立体育会館の観客が本当に羨ましかった。


2017.03.27(月) 一夜明けて稀勢の里

どのスポーツ紙も稀勢の里の優勝を極太金文字入りで見出しをつけた。
スポーツニュースでもこの逆転の2番は繰り返し映し出される。
彼ほど歓声よりも落胆の溜息を背中に受け続けた力士はいないと思うが、
今は、あたかも日本中が新横綱の快挙を祝福していたようだった。
確かにここまでドラマチックな優勝決定は何十年に一度あるかないか。
土壇場での逆転優勝はプロレス的ロジックさえ感じさせたが、
優勝会見やスポーツニュース生出演での悠長な受け応えを見ていると、
横綱昇進のとき以上に稀勢の里に風格と人間味が身についたようだ。
やはり立場と状況が人を一気に変えてしまうものなのか。
まだ歓喜の渦中にあるのだと思うが、ここで敢えて書いておきたい。
まず怪我を治せ、傷を癒せ。何よりもそのことに専念せよ。
耐え続けた相撲人生のピークをこの2番で終わらせないために。


2017.03.28(火) 何故か3月の今頃は・・・

やはり寒さは弱る人に止めを刺すのだろうか。
大島渚、高倉健、菅原文太に続いて、松方弘樹、鈴木清順、渡瀬恒彦。
毎年のようにこの時期のタイミングで追悼上映が行われている気がする。
そして皮肉なことに追悼上映によって埋もれていた未知の彼らを知る。
新文芸坐など追悼のたびに会員カードを更新しているではないか。
彼らの弔いがスクリーンで悼むことこそ相応しいのだとわかっているが。


2017.03.29(水) “ばば伝”を誰ぞ知る?

そんなこんなで仕事帰りに松方弘樹の追悼2本立てを観る。
『仁義と抗争』と『広島仁義・人質奪回作戦』。
もちろん学生時代にどちらも名画座で観ている。しかし40年ぶりの再見だ。
今やプリントは傷だらけ、画飛び、揺らぎでフィルムそのものが満身創痍。
しかしかつて私が観たプリントかも知れないと思うと、愛おしいではないか。
今も昔も、深作欣二と中島貞夫以外の実録ものは泡沫映画扱いではあるが、
両作とも松方の代表的なフィルモグラフィとして、まず語られることのない映画。
その当時の東映の路線の空気で、やたらとピラニア軍団が目立っててる。
組織のナンバー2に志賀勝がいる。室田日出男となるともう親分扱いだ。
牧口雄二監督の『広島仁義・人質奪回作戦』。
私の映画観賞記録には1979.10.18大森みずほ劇場とある。
初見時はつまんねぇ映画だなと、完全に記憶から消えていた。一場面も思い出せない。
やはり再見しても面白くなかった。どこが人質奪回作戦なのだろう(笑)
一方、松尾昭典監督の『仁義と抗争』は初見からのお気に入りで今夜で3度目の観賞。
日活出身監督による東映カラーとまったく違う筋書きが面白かった。
“厄病神のばば伝”と異名を持つ松方と女房役の松本留美の夫婦の掛け合いが面白い。
しかし製作年の1977年ははっきり東映実路線終焉の年だった。
そもそもそれらしいタイトルに反してまるで実録ではなく、完全にフィクション。
路線消滅の仇花という称号すら得られていないのは残念だが、
映画の面白さはまったく古びていなかったことを書き記しておきたい。


2017.03.30(木) 飲み会の誘いを断る

職場に母から電話があり、ゆうべは脚が痛くて寝られなかったという。
母の頭が痛い、腰が痛いと愚痴話は昔からのことで、聞き飽きてはいるのだが、
さすがに85歳ともなると聞き流すわけにもいかず、
友人から誘いを受けていた飲み会は断った。
親の事情で仕事を休む、付き合いをキャンセルする。
もうこういうことが当り前になってきたのかと思う。
以前は自分の事情で親に病気になってもらったことはあったのだが。


2017.03.31(金) 開幕ぽろぽろ

いよいよ2017年プロ野球が開幕。
オープン戦の成績は決して悪いものではなかったにしても、
そんなものは当然アテにはならないのは去年と一緒。
正直、今は開幕をワクワク待つ気分ではないのだが、
虎の試合結果に一喜一憂するのは人生の彩りなのだから
そこは何とか気持ちの中でキープしていきたいとは思っている。
それにしても北條が、マテオがポロポロとボールをこぼす。
今夜は何とか勝利でゴールをしたものの、
そうやって勝っていたゲームをポロポロこぼすのではないか。
少なくとも「今年はやるぜ!」とは言い難い開幕戦だった。



                           

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