◎クリスマスのフロスト

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◎クリスマスのフロスト
R・D・ウィングフィールド(Frost At Christmas)
芹澤 恵・訳
創元推理文庫


 すっかり継続化した読書から遠ざかり、最大の読書機会である帰りの電車はもっぱらスマホを弄って過ごしてきたのだが、ほんの少しだけ紙に印刷された活字に触れてみたい気になった。
 そうなると積読状態の本よりも本屋で新品を求めた方が、サボらずにゴールできるだろうと踏み、前々から気になっていた創元推理文庫の「フロスト警部シリーズ」を全巻 “大人買い” した。
 大枚1万円超。今日び文庫本も高くなったものだ。そんなわけで、やや唐突であるが、[読書道]を再開する。なんと4年ぶりだ。
 
 【ここ田舎町のデントンでは、もうクリスマスだというのに大小様々な難問が持ちあがる。日曜学校からの帰途、突然姿を消した少女、銀行の玄関を深夜金梃でこじ開けようとする謎の人物。続発する難事件を前に、不屈の仕事中毒にして下品きわまる名物警部のフロストが一大奮闘を繰り広げる。】

 この小説が何となく気になっていたのは、書店のそれほど在庫面積が広くない「創元推理文庫」のコーナーにイラストのちょっととぼけた主人公がいつも目についていて、しかもミステリー雑誌の年間ベストテンの常連となっている評価の高さから、おそらく外すことはないだろうと思っていた。もともと日本で翻訳される海外ミステリーとなるとそこそこ厳選されたものが入って来ている筈との読みもあった。
 
 さて、この後の数ヶ月間、おそらく私を夢中にさせてくれるであろう我らがジャック・フロスト警部は頭部をルガ―で撃ち抜かれ、瀕死の状態で登場してきたのに、まず驚かされる。
 物語は何故、フロストがこんな状況になってしまったのか、日曜日から水曜日まで四日間の顛末を逆行する形で小説は始まるのだが、読み終わったときには、その四日間の構成がメリハリのあるスピード感をもたらし、多発する事件に警察署内のてんやわんやを強調する効果に気づかされるのだ。
 こういう次々と事件が起こるジャンルをモジュラー型ミステリーと呼ぶそうだが、作者のR・D・ウィングフィールドが46年前にこの小説を上梓したときに、すでにシリーズ化を目論んでいたに違いないと思うのは、フロストを始めとするデントン警察署の面々のキャラクター紹介にかなりのスペースを割いていたことでもわかる。
 「冷たい風とともに、薄汚れたレインコートを羽織った男がロビーの中に駆け込んできた。えび茶色のマフラーを盛大になびかせて。プレスの利いていないよれよれのズボンを穿いた、見るからにだらしない恰好の男だった。年齢は四十代後半といったところ。農夫のように陽灼けした顔、生え際がすっかり後退し、頭皮のそばかすまで見て取れる。」
 R・D・ウィングフィールドは主人公のジャック・フロストをこのような風貌の男として描写している。要は古今東西、誰もがイメージする風采の上がらない中年男性像だ。ただし「活力に溢れたブルーの眼」とも書いている。要するに存在感ではなく積極的なぞんざい感を全身に漂わせている男なのだろう。
 そしてフロストは地道な捜査と書類仕事に関しては致命的に苦手であり、口が悪く、事件に関係する一般市民にもデリカシーのない言葉を投げつける。上司の命令を簡単に忘れ、叱責されれば素っとぼけるような男で、その上司にしても署長のマレットなどは出世欲に凝り固まった嫌味な男であり、同じく警部のアレンは徹底した合理主義者。
 典型といえば典型だが、作者はフロストと対照的な人物を対岸に配置している。
 さらにフロストの無茶苦茶な行動を、ロンドンから赴任してきた新米刑事クライヴを“犠牲者”に見立てて進行していくストーリーもなかなか手慣れていた。
 こんな具合に、シリーズ第一作『クリスマスのフロスト』は全編かけてフロストの奇行と警察署内の俗物ぶりを紹介しているといってもいい。

 万時に飽きっぽく、地道な仕事が苦手な私などは、時間を考えずに直感で動き回っては下手を打ち続けるフロストに100%感情移入してしまうのだが、かといってそのエキセントリックな性格から、署内で孤立し、孤高の刑事を演じているかといえばそうではなく、多くの仲間からは親しまれている羨ましい奴でもあるのだ。
 実際、フロストの人柄とベテラン刑事ならではの矜持が示される「いい話」も挿まれているのだ。
 ただ、ほぼフロストという人物の全状況が明かされたかといえば、まだすべてではないような気もしてくるので、それは今後の読書に委ねたいと思うが、冒頭でマレットが新車のブルーのジャガーに乗って颯爽と登場した時、もう少しこのシリーズを読み込んでいけば、ああ、その自慢の新車はフロストにカマを掘られる運命だろうと察しがついてニヤリとするに違いなく、この先、よりこの物語世界に馴染んでいくのは楽しみではある。


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