◎ビブリア古書堂の事件手帖

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◎ビブリア古書堂の事件手帖
       ~栞子さんと奇妙な客人たち~
三上 延
メディアワークス文庫


 この歳でライトノベルスを読むことへの後ろめたさは一連の有川浩の小説が払拭してくれたが、同時に「所詮ラノベだから」「細かいことは大目に見て」「若年の読者向けに書かれたもので、おっさんがツッコミを入れるのは無粋」などという先入観や遠慮もなくなった。
 いやそういうことを抜きにして三上延『ビブリア古書堂の事件手帖 ~栞子さんと奇妙な客人たち~』は十分に楽しい読書だった。
 強いていえばメディアワークス文庫の表紙が乙女チック過ぎて、電車で読むときカバーが外れないか余計な注意をしなければならないのが玉に瑕だったが、電車で読む時間はほんの僅かで寝しなに一気に読んでしまうことが出来た。

 【鎌倉の片隅でひっそりと営業している「ビブリア古書堂」。店主は若くきれいな女性だが初対面の人間とは口もきけない人見知り。だが、古書の知識は並大低ではない。本には人一倍の情熱を燃やす彼女のもとには、いわくつきの古書が持ち込まれることも。】

 この小説には雰囲気がある。それは北鎌倉の閑かな佇いだったり、古書店独特の紙やインクの香りに醸し出されたものかもしれない。
 しかし何といってもプロローグが素晴らしい。一人称の語り手である五浦大輔が見た、高校二年のとき揺れていた回転看板が止まって「ビブリア古書堂」と書かれた古書店のガラス越しに、眼鏡の奥の目をらんらんと輝やかせて夢中で本を読んでいる“彼女”の姿。それは梅雨が終わって蝉の声が近づいてきた夏の日の情景に溶け込み、遠い日に観た16mmの手のこんだ学生映画の一シーンのような懐かしさを伴ってふぁっと物語へ誘われた気がする。
 プロローグでこれがラノベだろうがなんだろうが、きっと気に入るに違いないと思わせる本などそうあるものではない。そこには「これは何冊かの古い本の話だ。古い本とそれをめぐる人間の話だ。人の手を渡った古い本には、中身だけではなく本そのものにも物語がある」とも記されていて、『ビブリア古書堂の事件手帖』の通奏低音にもなっている。
 実をいうと、私は洋服でも何でも基本的には新品主義で、自分以外の手垢がついたものはなるべく避けてきた。[読書道]の初期は殆ど新品本ばかり読んでいたのではないか。読書経歴の蓄積で古書や図書館でも本を求めるようになり、気の合う同士で本の貸し借りをして、思いを共有する楽しさに目覚めたのはごく数年前のことだ。
 今では古本屋の店頭のワゴンセールで適当に手に取った本が、思わぬ傑作だったりする嬉びもわかるし、そこに四葉のクローバーが挟んであったりすると、物語以上の物語を想像して楽しい。それがBOOK-OFFの105円コーナーであっても、廉価の古書は[読書道]を継続するのになくてはならないアイテムとなってしまった。
 もっとも、本書で紹介されているような定価の何十倍もの付加価値がついた稀少本を手に取ることは一生ないだろうが・・・。

 『ビブリア古書堂の事件手帖』というタイトルにあるように、これは推理小説だ。しかし「事件」が古書をモチーフに展開するとしても、引用された本の内容に物語を重複させるだけのありがちなメタミステリーとは違う。古書そのものがモチーフという点でのオリジナリティは見逃してはならないと思った。
 例えば各出版社の発刊する文庫本の中で、栞がついているのは新潮文庫だけで、そこから作家がプロットを組み立てて物語にしていく過程を想像してみるのも面白い。いや、それ以上に作家がいかに読書や古書に対する愛着を持っているのかが伝わってきて、小説に登場する小山清『落穂拾い・聖アンデルセン』など、“せどり”の志田が愛読しているならば読んでみようかという気にさせてくれる。

 物語は六年後。物語は大学を卒業したものの就職にあぶれた「俺」、五浦大輔が再び「ビブリア古書堂」の“彼女”と再び出会うところから入っていく。彼女は父親からビブリア古書堂を継いだ篠川栞子という名前だ。
 その栞子店長は部類の本好きで、本に関する知識、造詣の深さは驚異的で大輔を大いに驚かせるのだが、同時にプロローグに記された「中身だけではなく本そのものにもある物語」を鋭い観察力と推理力で読み取ってしまう能力を持っている。
 要するに栞子店長が名探偵ホームズで、大輔がワトソン役となって「事件」の一部始終を語るフォーマットだ。しかも栞子探偵は怪我で入院しているという設定となっているので、このミステリーは安楽椅子探偵、或いはベッド・ディテクティヴのジャンルになるのだろう。

 大輔の「本を読みたくても読めない体質」は、部類の本好きの栞子探偵との対比で、徐々にラブロマンスの方へ向かいますよというお約束か。やや強引な気もするが、高橋留美子的な匂いも漂い、それはそれで嫌いではなく、この探偵と助手の行く末も知りたくなってくる。
 さて、シリーズとなるとマンネリになる恐れもあるので、2巻目以降の購読はどうしようかと思案中なのだが。
 


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