◎人狼城の恐怖 第一部

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◎人狼城の恐怖 第一部=ドイツ編 
二階堂黎人
講談社文庫


 我孫子武丸に続き“新本格派”のひとり、二階堂黎人の代表作を選ぶ。実は二階堂黎人の名をはっきりと認知したのは、例の東野圭吾『容疑者Xの献身』をめぐる“本格論争”の一方の仕掛け人としてだった。
 『人狼城の恐怖』という著作名だけは知っていた。しかし四部作であることは図書館でインターネット予約の際に知った。まとめ借りは重松清のときに何とか読了したのだからとタカを括っていたら、図書館で用意されたノベルス四冊のそれぞれの分厚さにたまげた。これを8日間で読み切るのは絶対に無理。結局、未読のまま早々に返却、改めてネットで中古の文庫を購入することにした。
 何でも全四部で原稿用紙四千枚の超大作。これは探偵小説史上でもっとも長い作品なのだそうだ。この第一部の『ドイツ編』にしたところで文庫版全660ページ強のボリューム。

 【独仏国境の険しい渓谷の上に屹立する双子の古城「人狼城」。ドイツ側“銀の狼城”に招かれた十人の客に用意されていたのは、凄惨な殺しの宴であった。二重に閉ざされた密室での首切り、中世の石弓による射殺…。謎と伝説に彩られた古城に隠された秘密とは何か?】

 舞台はドイツ。登場人物たちも一人のイギリス人執事を除けば全員がドイツ人。それだけで翻訳小説を読んでいる気分となる。とにかく、第一部は読破した。分厚い本を一気に読ませるだけの力作だったとは思う。しかし面白かったのかどうかはよくわからなかった。ただ自分が途方もない本に取り組み始めているのだという実感だけは得た。正直いうと、その実感だけでかなりのカタルシスがあった。
 まず構成が凄い。内容はタイトルの字面を見ただけで「外界と隔絶された古城で起こる連続殺人」(これを“クローズド・サークルもの”というらしい)だとわかるのだが、冒頭に挿話として紹介される『ハーメルンの笛吹き男』と『人狼』を含め、登場人物たちが人狼城の門をくぐるまですでに190ページ。連続殺人の最初の犠牲者が出るまでに300ページが費やされている。その間に描かれているのは、古城が建ち並ぶライン川周辺の景勝描写とドイツの近代史などの薀蓄話と、銀の狼城に向かう十人の招待客の人物紹介。ただちょっとした長編小説一冊分のボリュームで語られる「物語の前段」ではあるが、四千枚の超大作となれば冗長な感じはしなかった。
 要するに、本書は果てしなく長い物語を読んでいるのだということを常に念頭に置いての読書になるのだろう。660ページを読みきっても全体の1/4を通過したにすぎない。これは短編集やアンソロジーではないので、感想文の形式としてはひとつの物語の四部作を読み終えた時点で『人狼城の恐怖・全四部』としてアップすべきではないのかと迷うところではあったが、それぞれの作品が上梓、発刊された時期が違うことや、一応、ストーリーにセンテンスが打たれていそうなこと、何よりもボリュームがボリュームだけに一部づつ感想をアップすることによって自分の中でもセンテンスを打っていかないと収拾をつけられなくのではないかと怖れため、一冊づつのアップという形にした。

 それにしても人狼城を舞台とするクローズド・サークルものなのだろうが、1/4を読み終わった感想としては、これが人狼城をめぐる大河ドラマになっていることがわかる。
 深い断崖を形成する国境の渓谷を挟み、双子の城塞がそれぞれドイツとフランスに跨っているという設定から、それが戦争であれ宗教であれ、この城塞をめぐるヨーロッパの裏史観という側面があるのではないか。そうでなければさすがに一度のクローズド・サークルだけで四千枚を消化することは不可能だろう。それでも悲劇があらかじめ想定されている城塞へと人物たちが次第に導かれていく時間というのはなかなか読ませるものがあった。

 そのクローズド・サークルについて。あまりにも有名すぎて未読ながらストーリーを知るアガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』がジャンルを確立した記念碑的代表作ということになるのだが、この設定ほど作家の筆力がものをいうジャンルはないのではないかと思う。なにせ警察捜査の介入が不可能な孤立した舞台で、容疑者は作中の登場人物に限定され、真犯人の正体に対する興味を加速しながら、登場人物はみな、外界の保護を頼れないまま殺人鬼と過ごし、減っていく生存者の中に犯人がいるという流れともなれば、心理の極限をきちんと描ける相応の筆力がいる。
 もちろんグローズド・サークルのすべてがその式に当てはまるわけではない。同じ綾辻行人のクローズド・サークルものでも『十角館の殺人』と『時計館の殺人』とでは見せ所を変えていたし、島田荘司『斜め屋敷の犯罪』ではより密室殺人の仕掛けに特化していたりもしている。しかし舞台を転々とさせることでサスペンスの疾走感を生み出す小説と違って、限定された閉塞感の中でいかに読者時間を過ごさせるかについての作家たちの腐心たるや相当なものだったに違いない。
 この二階堂黎人の本作にしても最初の犠牲者が出る300ページ以降の阿鼻叫喚の殺戮絵巻には驚くものの、『そして誰もいなくなった』式のクローズド・サークルものとはかなり趣を異にしている。『ドイツ編』で今回の連続殺人事件は収束する形となったのだろうが、真犯人はもちろん、密室殺人やアリバイなど殆どの謎は解明されることはなく事件だけが投げ出されたままとなる。1/4の消化なのだから当然といえば当然なのだろう。

 それどころかページが巻末に近づくにしたがって物語は予想もしない方向に転換していく。それが自分にはあまりにも意外すぎて正直にいうと今後が大変心配でもある。それが文の冒頭に「面白かったのかどうかはよくわからなかった」ということを書かせた理由でもある。

 さて思いがけないエンディングとなった『人狼城の恐怖』はこの後、どんな展開を見せていくのだろうか。東野圭吾に『容疑者Xの献身』は本格ものではないと喧嘩を売った(?)ほどの二階堂黎人なのだから、超常現象や非科学的な空想物語にすっ飛ぶことなく、きっちりと本格に帰結させてくれることを期待したい。
 多少の不安を抱きつつ、第二部の『フランス編』へと進んでいきたい。果たして渓谷を挟んで向こう側に聳え立つフランス側“青の狼城”ではどんな凄惨な事件が待ち受けていることだろうか。


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