◎別冊 図書館戦争Ⅰ

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◎別冊 図書館戦争Ⅰ
  --- 図書館戦争シリーズ⑤
有川 浩
角川文庫


 『図書館戦争シリーズ』のスピンオフ企画の一冊。よくスピンオフの場合は本編と比べて空気感が妙に軽くなったりもするのだが、『別冊 図書館戦争』は驚くほど本編のテンションを継続している。
 ただ本編刊行から日の浅い中での出版に、有川浩は再度恐縮の体であったが、たとえ設定が後追いになっていようが面白ければそれでいい。多少の図々しさは小説にしろ映画にしろ罷り通ってきた話で、それが名シリーズを生む原動力にもなってきたのは間違いのない事実なのだ。

 【晴れて彼氏彼女の関係となった堂上と郁。しかし、その不器用さと経験値の低さが邪魔をして、キスから先になかなか進めない。あぁ、純粋培養純情乙女・茨城県産26歳、図書隊員笠原郁の迷える恋はどこへ行く!?そして、次々と勃発する、複雑な事情を秘めた事件の数々!】

 “前作”の『図書館革命』では当麻事件の後、深手を負って入院した堂上の病室をおっかなびっくり訪ねた郁が、そこでお互いに想いを告白し合うことまでこぎつけて、いきなり三年が経過して“堂上教官”になって終わっていたものを、『別冊』ではその空白の時間を穴埋める形で時系列が遡っていく。
 その意味ではスピンオフ以外の何モノでもないのだが、この一冊は決してスピンオフ的なお気軽な作りではない。
 とくに郁が囮となる図書館立てこもりの事件のハラハラドキドキなど、そのままシリーズのテンションを継続しているし、意外な展開を見せる迷子少年のエピソードなど、よくぞこの設定の中に入れ込めたものだと唸らせてくれる。
 郁と堂上の初夜までも描写してしまうベタ甘はともかくとしても、いくつかのエピソードは本編に組み込んでもなんの遜色もなく、別冊で新たに生まれたレギュレーションもシリーズ全体の印象の中に上手く溶け合っていたのではないかと思う。
 むしろ、これなら別にわざわざ『別冊』などと分ける必要などあったのかとなってしまうが、サブタイトルに『図書館戦争シリーズ⑤』とあるのだから、スピンオフというよりもシリーズの続きとして読んだ方がいいのだろう。

 さて私はこれまでシリーズの感想を書くにあたり、「表現の自由」について、やや頑なにレビューの風呂敷を広げてきたように思う。もちろん「図書館の自由に関する宣言」が創作の土台となっているのだから、それは決して間違った方向ではなく、この『別冊』でも良化法が定めた違反語を一切使わずに差別を描く作家が登場するなど、モチーフは継承されているのだが、一方で有川浩が展開しているベタ甘な恋愛劇については今まで意識的に風呂敷からこぼしていたことを白状しなければならない。
 それは単に五十路に到達したオッサンの照れということでご勘弁願いたく、また有川浩とて、ターゲットにしている読者に五十路のオッサンまでは想定していなかっただろうから、正直いうとそれも一緒に風呂敷を畳むことには遠慮もあったのだ。
 だからこの機会に恋愛エピソードにもしっかりハマっていたことも白状しなければならない。何を隠そう学生時代からしばらくは高橋留美子やあだち充のコミックを愛読し、“胸キュン”ものの大ファンだった経歴もあるのだ。

 ただ惜しむらくは『塩の街』『海の底』から始まって有川浩の描くカップルは年齢差のある年上の彼氏にヒロインが恋をする設定が多く、個人的に身につまされるような切なさを抱きながら感情移入するまでには至らなかった。
 このシリーズでは堂上と郁、小牧と毬江がそうなのだが、若いうちの年の差カップルの場合はある程度ヒロインの成長を待つ期間があるので、どうしても成就には時間がかかるのは仕方のないことかもしれない。もちろんそのもどかしく、傍から見ればうじうじしてジレったい期間こそ有川浩の腕の見せどころだし、それを抜群の上手さで読者を引っぱってくれるのはさすがだ。
 まあ正確にいえばこちらがすっかりと慣らされてしまったともいえるのだが。

 そもそも彼氏彼女の関係になった堂上と郁が、リンゴの皮剥きでハラハラしたりベタベタしたり、やることやった後も部屋を借りる借りないでグズグズと拗ねたりする辺りは、考えるまでもなく実に他愛ないエピソードではある。そんな展開でさえ面白おかしく読めてしまったのは有川浩の妙味溢れるキャラクターの動かし方にハメられている証左なのだろう。

 

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