◎斜め屋敷の犯罪

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◎斜め屋敷の犯罪
島田荘司
講談社文庫


 【北海道の最北端、宗谷岬の高台に斜めに傾いて建つ西洋館。「流氷館」と名づけられたこの奇妙な館で、主人の浜本幸三郎がクリスマス・パーティを開いた夜、奇怪な密室殺人が起きる。招かれた人々の狂乱する中で、またもや次の惨劇が…。恐怖の連続密室殺人の謎に挑戦する名探偵・御手洗潔。】
 
 「最後の幕が上がる前に、ここに書いておくべき事柄がもう一つだけある。この言葉を聞くのがもし初めてであれば、きっといくらか戸惑われることと思うが、どうか許していただきたい。ここに、かの有名な言葉を書き記すべき誘惑に、筆者は到底たちうちできない。-----“私は読者に挑戦する”」

 『占星術殺人事件』に続いて島田荘司は読者に挑戦状を投げた。「材料は完璧に揃っている。事の真相を見抜かれんことを!」と書き添えてあるものの、私にはこの挑戦状が、どうしてこのタイミングで出されたのかすら理解できていなかった。早い話、『斜め屋敷の犯罪』の謎解きなど最初から放棄していたことになる。私などに島田荘司が創作したトリックが見破られるはずはないのだ。
 しかしミステリー愛好家は、ここで「よっしゃ」と俄然奮い立つのだろう。そういう人たちにとって、この挑戦の口上はそれこそ島田がいうように、「この言葉は筆者の心根をよく伝え、すなわち優しく響くに違いない〜」となるに違いない。
 それにしてもこのトリック…。理解した瞬間に「そんなアホな…」と唸ってしまった。こんな密室殺人が果たして可能なのかということもあるが、もちろん、ここまで大仕掛けのトリックに触れたことは初めてで、「そんなアホな…」というのは、これを創作した島田荘司へ尊敬の念を込めたつもりではある。
 謎解きに参加することばかりがミステリー読みの醍醐味とは限らない。名探偵・御手洗潔にクライマックスの推理ショーで真実を披露されて唖然とする聴衆の役に回ることでも十分にミステリーを堪能することはできる。
 それにしても挿入されている流氷館や密室殺人現場の図解を、何度繰り返し眺めたことか。図解が苦手な私でさえも15の部屋と塔からなる屋敷の立体図と睨めっこするうちに、誰がどの部屋を使用しているのかということを憶えてしまった。そう、この小説も『占星術殺人事件』同様、決してすんなりと読める小説でもなかったのだ。
 考えてみれば連続殺人事件であり、かなりの確率で屋敷内に真犯人がいると予測されているにもかかわらず、警察は住人や来客を屋敷から避難させようとしなかったのは現実的ではない。絶海の北の果てにそびえ、吹雪に見舞われた館であっても、警察や御手洗・石岡のコンビの出入りは可能で、とくに外界から閉ざされているわけではないので違和感が拭えないということもあった。
 もっともリアリティという話をするのは無意味なような気もする。名探偵・御手洗潔の存在自体がすでにアンチリアルな人物なのではないか。まだ二作しか読んでいない読者として少々乱暴な断定かもしれないが、『異邦の騎士』のバイクに跨って颯爽と主人公の窮地に現れた若き日の姿ではなく、戯曲に習って「幕」と「場」で展開をつなぎ、幕間があって終幕するという『斜め屋敷の犯罪』の舞台芝居のような設定が、持ち前のケレン味で大向うを唸らせるキャラクターを生かすことができるのではないか。「推理小説」ではなく、クラシカルに「探偵小説」と呼ぶべき作風こそ御手洗潔には似つかわしい。
 そう、この小説にはリアリティはないが香しい匂いがある。その香しき中で繰り広げられる不可能犯罪は、驚愕のトリックが驚愕であるが故に物語の世界観とシンクロして虚構のロマンを現出しているのではないかと思う。

 まだまだ島田荘司のファンですというほどのキャリアは積んでいないが、『寝台特急「はやぶさ」1/60秒の壁』にも出ていた北海道警察の牛越刑事も登場するなど、早くも「島田ワールド」に親しみが湧いてきている。これから一気読みをするのかどうかは決めていないが、職場近くにある光文社の「ミステリー文学資料館」で島田荘司展が開催されていることもあり(なんと斜め屋敷の模型展示もある)、何作か続けて読もうかと思っている。
 その場合、同じタイトルの文庫でも複数の出版社から刊行されているものもあり、今回は講談社版を読んだのだが、関口苑生による解説は最悪無残なものだった。こういう読後のカタルシスに冷や水をぶっ掛けるような駄文にはくれぐれも注意しなければならない。

 さて、ここで思ったのだが『斜め屋敷の犯罪』というタイトルがいい。「斜め屋敷殺人事件」でも「斜め屋敷の謎」ではなく、あくまでも『斜め屋敷の犯罪』。すべてを読み終えた後、改めてタイトルを振り返るとなんと味わい深いことだろう。
 


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