日めくり

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2020.09.09(水) 映画『行き止まりの世界に生まれて』

ラストベルトと呼ばれる寂れた街に三人の若者、キアー、ザック、ビン。
それぞれ黒人、白人、アジア人。まさにきっちり人種も多様性だ。
ともにスケボー好き、親から虐待経験あり。
そんな符号を持つ三人が個人映画で揃った状況にまず驚く。
『行き止まりの世界に生まれて』は劇映画ではなくドキュメンタリーなのだ。
そして12年間カメラを回し続けていたことが凄い。
原題“MINDING THE GAP”に対してこの邦題はやや切ないが、
その行き止まりの切羽詰まった感じに共感はするが共有は難しいと思った。
それも一応の安全地帯に身を置いての93分間の共感に過ぎないわけで、
こういう題材に対峙するたびに思うことではある。
ただ、なにより君らには若さがある。残された時間はその人生の何倍もあるではないか。
・・・・などと私も年配者から諭されては苛々してきたのだけど。


2020.09.08(火) アカデミー賞の変革

映画撮影の現場にアメリカ映画芸術科学アカデミーが“縛り”を設けた。
要旨は俳優や制作者らに女性やマイノリティが一定割合いることが条件だという。
[俳優やテーマ] [制作チーム]などの4分野のうち、2分野で基準を満たす必要があり、
具体的には主演や重要な助演に必ず1人は黒人、ヒスパニック、アジア人を起用し、
スタッフには最低でも2人の女性、マイノリティ、LGBT、障碍者がいなければならない。
それを守らなければアカデミー賞のノミネート資格が得られないとのこと。
確かに近年のオスカーは作品、俳優の受賞者が白人に偏っていることが批判されてきた。
さらに豪腕制作者のハーヴェイ・ワインスタインによる長年のセクハラから端を発した、
女優たちの“MeToo”運動や、“Black Lives Matter”運動の過熱も影響されているのか。
ほぼ単一民族という島国の安全地帯に住みながら勝手なことを思うなら、
多様性の自由を目指しながら、かえって不自由なことに縛られないか心配に思う。
ま、実情をいえば、これらの条件の大半はクリアされているとも聞く。
実際、2020年度のアカデミー作品賞は韓国映画だった。
ただ私は連日徹夜続きの「深作組」が「深夜作業組」と自虐する様を面白がっていた。
観客である我々こそがこういう情緒から脱しなければならないか。


2020.09.07(月) 映画『人数の町』

エリア外に出たときに襲ってくるサウンドが怖くて秀逸。
ラジオドラマで聴いたらもっと効果的に響いたはずだ。
所謂「ディストピアもの」のジャンルだが、
書店の「映画化コーナー」に原作本がないのが何より嬉しい。
コミック、小説、ラノベと脚本不在で脚色ばかりが蔓延する中、天晴だ。着想も面白い。
しかし展開の乏しさ、人物造形の温さを横に置いて着想のみを褒めるのには限界がある。
ラジオドラマで聴きたいと思った時点でかなり残念だ。
・・・・などとレビューのページでこんな内容のことを書いたのだが、
脚本がオリジナルであることが「天晴」と褒めになる風潮が、そもそも不幸ではないか。
いや、脚本がオリジナルであることが今や「珍」なのだから救われない。
城戸賞はまだシナリオを募集しているのか。まったく注目されてはいないが。
さて『人数の町』だが、多分、私ならいとも簡単に「町」に同化すると思う。
管理もそこまで厳格じゃないし、毎日、享楽に浸ることも出来る。
治験は嫌だが、デモも口コミの上げ下げも、選挙投票も楽そうでいいじゃないか。
仮に脱出に成功したとしても、その瞬間から後悔するに違いない。
もう現実社会で競争に晒されドキドキ・ハラハラする毎日に嫌気がさしてしまった。
そもそも親父が入居していた介護付き住宅だって似たようなものなのだが、
多分、早い段階で自我が分裂して気が狂ってしまう気がする。
もっとも私の年齢だと別エリアの“葬式のない町”に移されるのかも知れない。
そうなったら70年代のデストピア映画『ソイレント・グリーン』の結末になるのか。
ならば、なるべく痛くないように処置してほしいものだ。


2020.09.06(日) 税理士、お墓、葬儀場、映画

朝の9時半に大和駅で相続の仲介人と税理士と面会。
相続のことなど手に負えないだろうから正式に税理士と契約。
なんと家族の貯金通帳7年分を用意してくれといわれる。
7年分の通帳?あるかそんなもの。
頭をクラクラさせながら、完成したというお墓まで歩く。約20分。
墓石に船員だった父と花好きの母を偲んで「航花」と刻んでもらった。
納骨堂から樹木葬まで考えたが、結局、母の「お墓に入りたい」との意を汲んだ。
正直、もう少しデザイン的に何とかなったような気もしたが、まあこんなものか。
自分の名前が父と共同で「建之」と墓石に刻まれる。
「建之」。なんて読むのだろう。「こんし」「けんし」「けんのう」とも読まれるが、
「これをたつ」または「これをたてる」と読むのが一般的なのだそうだ。
まだまだ知らないことだらけだ。
来週の日曜日、父と母のお骨を納めるわけだ。
そこからさらに10分歩いて葬儀場へ四十九日と一周忌の最終段取り。
参列人数が増え、お弁当からお寿司とオードブルに変更する。
このコロナ禍で有り難いことだ。
それから映画を一本観る。
映画館を出たらアスファルトのくぼみに水が溜まっている。
そこそこの雨が降ったのだろう。
1万5千歩も歩いて傘を差さなかったのは幸運だった。
来週の納骨のときも晴れてくれよとセツに祈る。


2020.09.05(土) ふと見れば晴天、気がつけば雨

「女ごころと秋の空」の例えがあるように、ここまで秋の空は目まぐるしいのか、
9月のカレンダーがめくれた瞬間から気候が変わった。
今年は7月一杯まで長雨で、8月になった途端に猛暑が襲ってきたが、
ひと月単位での天候のあまりのメリハリには驚くばかりではある。
さて秋の空が目まぐるしく変わるのは実感するが、「女ごころ」に例えるのはどうか。
「泣いたカラスがもう笑った」というくらいだから、
昔の男たちが、所詮「おんなこども」のことと蔑んだのだろうか。
調べてみた。
室町時代の狂言から江戸時代まで「男心と秋の空」が常套で用いられていたらしい。
色街の遊女が贔屓の旦那相手に愚痴る戯言を想像してしまう。
ついでにイギリスのことわざには、
“A woman's mind and winter wind change often”
季節がずれてあちらでは女ごころを冬の風に例えている。
確かにふった相手への見切りの早さでは到底、女にはかなわない。
別にそんなことを考えながら、強い雨に駅の改札口で呆然としていたわけではないが。


2020.09.04(金) 遊園地

“Gがかかる”という表現がある。
実は「G」にはなにかしらの漢字が当てられていると思っていたら、
IMEでもATOKでも変換されなかった。「重力加速度」のことらしい。
我々が気軽に過度の「G」を体感しようと思ったら遊園地の絶叫マシンか。
ただ遊園地のアトラクションの大半は苦手だ。
高所恐怖症ゆえにリアルに落下する状況が受け付けないのと、高速も回転もダメ。
だから小学生OKの「へ?こんなのも?」と笑われる乗り物さえパスしてきた。
浅草花屋敷のフライングカーペットで気絶しそうになったこともあるし、
小学生のとき、向ケ丘遊園に親子向けのジェットコースターがあって、
恐怖症を克服しようと一人で密かに挑戦したこともあったが、
こんなものに乗るくらいならお化け屋敷に十回行った方がマシだと思った。
この度、都心の遊園地として94年の歴史を誇る練馬の「としまえん」が閉園した。
たった一度だけ行った。でも誰と行って、何をしたのかはまったく思い出せない。
としまえんを振り返る番組で、親子3代がデートに使ったなどの話が紹介されていたが、
確かに子供ごころに遊園地の非日常の空間にはわくわくしさせるものがある。
幼稚園に入る前のこと、奈良のドリームランドに行った記憶がある。
母は憶えているはずはないというが、絶対にカメのボートに乗って洞窟を潜り抜けた。
実はそれが物ごころついてからの最初の記憶だと思っている。


2020.09.03(木) ipadとスマホ忘れ

未だになんで買ってしまったのか自分でも釈然としないもの。
それはipad。9.7インチ(多分)
そこまで欲しかったわけではないが、一昨年、成り行きで買ってしまった。
旅に出たとき、ノートPCを持ち歩くより便利かもと思ったが、
未だに携行したことはない。
やっていることといったらradiko機能でラジオりタイムフリーを聴くだけ。
ほぼ無用の長物と化しているわけだが、
今夜、ひょんなことで大いに役立ってくれた。
いやひょんなこともなにもスマホをどこかに置き忘れてしまったのだ。
そこでipadの「さがす」機能を使ってみたら、画面のむ地図が藤沢駅で点滅した。
そこにあるのか!
寝呆けて電車に忘れてしまい、終点の藤沢駅まで行ってしまったようだ。
そこでipadからskypで藤沢駅の事務室に電話をかける(これまた便利な)
結局、湘南まで車を飛ばし、気晴らしがてら夜のドライブと相成ったわけだが、
もしや発達障害を疑いたくなるほどスマホ忘れを常とする身には大変ありがたい。
ipad様様で、初めて買ってよかったと思った。
それにしても、、、スマホ忘れ事件は「日めくり」のレギュラーコーナーか。


2020.09.02(水) 映画『コリーニ事件』

ストーリーの展開に「?」がついたとき「実話だから仕方がない」との免罪符が欲しい。
馬鹿なことにwikipediaで“コリーニ事件”を探してしまった。
てっきり実話だと思っていた。
もちろん実話の映画化とはいえドキュメンタリーではなくフィクションなのだから、
その狭間を行ったり来たりするのを楽しめればいいのかも知れない。
もちろん実際、ナチによるトスカーナの虐殺はあったし、ドレーヤー法も実在した。
しかし映画のテーマがナチの戦争犯罪とそれを庇護した司法への糾弾だとすると、
物語を構成する人物と背景が、テーマの重さと不釣り合いなほど軽すぎはしなかったか。
「ケバブを売るしかなかったでしょ」はなかなかエッジの効いた台詞だが、
フィクションであるにも関わらず、何故、主人公の弁護士がトルコ系移民としたのか。
映画を観るとドレーヤー法が必ずしもドイツ国民に周知された過去の悪法ではなく、
その法律の検証も十分になされていなかったことが窺えるとなると、
ドイツの戦後処理も礼賛されるほどでもなかったことのように思える。
(そりゃ東西に分断されたのだから仕方ないが)
ただ、それを掘り起こす役目を担う主人公が異人種で良かったのか。
そこはひとつドイツ人のアイデンティを問いたくなろうというものだ。
「弁護を引き受けた被疑者が殺したのは、かつての恩師だった」。
大物実業家の殺害事件に際し、びっくりするほど通俗的な因縁話だ。
さらに被害者の孫とは恋人関係。エンストで寄ったピザ屋にイタリア通の店員がいて、
長年の確執で疎遠だった父親は、実は資料の速読に長けていた。
いやいや少々ご都合を重ねすぎてはいないだろうか。
・・・・などと文句ばかり垂れてきたが、私の趣向として通俗主義は嫌いではなく、
これで映画が面白くなれば大いに結構だとも思っている。
事実、映画はテンポよく進んで、それなりの満足度も得られたのだから良しとすべき。
そもそも観た動機が、フランコ・ネロの健在を確認するためだったではないか。
ただ「実話だから仕方がない」が「原作がそうだから仕方がない」のだとすると、
どうしてももやもやしたものを禁じ得ないのだ。


2020.09.01(火) 藤川球児、ああ藤川球児、藤川球児

思ったより余裕の表情で引退会見の席に着いた藤川球児。
笑顔を交えながら弁舌爽やかに記者の質問に応えていたのだが、
やはりそこは「泣き虫球児」。涙をこらえて声を詰まらせる場面となる。
会見で言及してはいなかったが、人生で初のサヨナラホームランを浴びたとき、
彼の中で何かが弾け散ったのだと思う。
私も万感の思いで記者会見の中継を見ていた。
藤川球児。何よりも火の玉ストレートの全盛時は本当に神がかっていた。
彼がマウンドに立つということは自動的にアウトが3つ重なり試合が終わる。
スタンドの虎党と呼吸を揃えるようにして見た奪三振ショー。
忘れもしない2007年9月の巨人3連戦。
9-8、2-1、9-8とすべて1点差ゲームをものにした3タテ勝利。
個人的な思いでいえば、私の球場観戦のピークだったと確信する3連戦で、
球児はそのすべての試合を締めくくった。
破顔一笑でナインと握手を交わす球児を称えながら、
東京ドームのスタンドからしみじみ阪神ファンでいることの幸せを噛みしめ、
この男のマウンドを見ていられる時代に心の底から感謝していた。
藤川球児とはそれほどの男だった。



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